運動トレーニング時の機械的な刺激により骨格筋は損傷を受けるが,近年その修復や治癒過程における性ホルモンの働きが明らかになってきた.女性ホルモンのひとつであるエストロゲンは,運動誘発性の筋膜損傷に対して保護作用があり,好中球やマクロファージの過剰な活性を抑制するとともに抗酸化作用を有し,骨格筋損傷の修復や治癒に関わっていることが報告されている. 我々は,ラット骨格筋損傷後にタンパク分解を促進するプロテアーゼの一つであるCalpainや,損傷崩壊した筋の再構築に働く酵素Myo-Dが損傷後の筋内に発生するNOと関連した動きをすることを報告している.本研究においては,雄性ラットでは,発痛関連物質であるシクロオキシゲナーゼ2(COX-2),プロスタグランジンE2 受容体(PGE2R),セロトニン2A受容体(5-HT2A)の遺伝子発現はNO濃度と同期し筋損傷3日後にピークが見られるのに対し,雌性ラットではこの同期が見られないこと.また,エストロゲンを投与した雄性ラットの損傷筋では,損傷回復早期からHSP70が発現するという実験結果を得た.これらより,NOやフリーラジカルへの女性ホルモンの関与が,遅発性筋痛の発症調節の一端を担っている可能性が示唆された. 健康を目的とした運動トレーニングの遂行においては,体力の有無や年齢,性別への考慮が求められる.特にトレーニングにより引き起こされる筋肉痛は,運動の遂行を困難にし,重篤な場合には一定期間の身体活動の休止あるいは減弱を余儀なくされる.体力レベルの低い者の場合,筋肉痛は日常生活の維持を妨げQOL低下の一因となり得る.本研究により得られた知見は,ヒトの筋損傷回復機構の解明につながることに加え,筋損傷・筋痛に対して老若男女各々の特色を生かした治療方法の導入や,回復に向けたリハビリテーションへの確固たる根拠となり,社会的な意義も極めて高いと考える.
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