研究課題/領域番号 |
26360006
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研究機関 | 一橋大学 |
研究代表者 |
洪 郁如 一橋大学, 大学院社会学研究科, 教授 (00350281)
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研究期間 (年度) |
2014-04-01 – 2018-03-31
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キーワード | 台湾 / 農山漁村 / 人口移動 |
研究実績の概要 |
平成28年度の研究実績は、これまでの聞き取り調査と文献収集の双方で生じた不足分や不明点について、彰化県、台中市、台北市における補充調査が中心となった。 1. 聞き取り調査:彰化県の農山漁村の出身者を対象に補充調査を実施した。平成28年度は現地で長期滞在の機会を得たため、同一インフォーマントに対し複数回の聞き取りが可能となり、また移住家族の第二、第三世代のインフォーマントへの聞き取りを実施することができた。その成果は以下の通りである。(1)進学、就職、婚姻、選挙、祭祀などに伴う出身地と移住先の相互関係を確認できた。(2)進学の実現におけるキーパーソンの存在について情報を得た。(3)進学と就職のモデルコースを把握した。(4)インフォーマントの協力を得てそれぞれの家系図を作成し、兄弟姉妹間の学歴、就職と移動の関係を把握した。(5)三つの世代における移動の全体像を明らかにした。 2. 資料調査:(1)家族史資料:インフォーマントの提供により、①日本統治時期から現在までの戸籍謄本、②出身地の近隣関係を知るための詳細な手書きの地図を入手した。(2)新聞雑誌と書籍類:①国立台湾大学図書館、台湾師範大学図書館などの所蔵分を中心とする戦後初期の新聞と書籍を収集し、②国家教育研究院の教科書図書館の蔵書の収集、および③現地の書店、博物館で日本統治期および戦後初期の史料を収集した。(3)デジタル資料:インフォーマントの紹介で調査地出身の郷土史家の所蔵する写真、データを入手した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
1. 補充調査を通して得られた知見:(1)方法論的な側面:現地での長期滞在を通じ複数のインフォーマントの聞き取りを同時進行的に実施し、同一インフォーマントの複数回の聞き取りも実現できた。このことにより、同世代のインフォーマント間の会話、異なる世代のインフォーマント間の会話の観察と記録を通じ、異なるグループ間の相互評価、および同じ事象に対する認識の異同について把握することができた。(2)兄弟姉妹と世代間の協力関係:家族内での高学歴の獲得者と非獲得者の間に、異なるライフコースを辿りながらも、第一世代の兄弟姉妹におけるある種の協力関係が見られた。それのみならず、その協力関係が第二世代の社会移動、社会上昇に影響を与えたと考えられる。さらに、そこでの援助対象の選別基準におけるジェンダー要素と兄弟順番の作用も観測できた。(3)キーパーソンの作用:進学と就職を分けて社会移動を観察する際に、共通してキーパーソンが存在したことを突き止めた。ライフストーリーの語りにおいて「恩人」「恩師」などと呼ばれた人々の社会的役割に関するデータを収集することができた。 2. 家族史資料の構築を中心とした資料調査:平成27年度には政府資料の限界性を理解できたため、平成28年度には家族史資料の構築に重点を置くことにした。聞き取り調査の音声資料のテープ起こし作業で、文字化し、分析作業にも着手した。また、インフォーマントから戸籍資料、家系図と地図の追加提供を受け、その解読作業にも着手した。 3. 成果公開:平成28年度は、これまでの聞き取り調査のデータ化と解読分析に重点を置いたため、積極的な論文発表を意識的に控えたが、台湾民衆の戦後における歴史記憶の問題に関する拙稿が、国立台湾歴史博物館発行の査読付き学術雑誌『歴史台湾』第11号に掲載された。
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今後の研究の推進方策 |
平成26、27、28年度に得られた成果を基づき、平成29年度の計画としては、台湾型の家族変動モデルの理論構築、二回目の小型ワークショップの実施、成果発表の三つに分けられる。 1. 分析と比較による理論構築:平成28年度までのデータベースと文献資料の整合作業を行い、解析作業を通じて台湾型の家族変動モデルを導出する。具体的には、(1)代表的なインフォーマントの家系図をもとに、時間軸に沿った家族構成員全体の教育歴、職業歴、婚姻状況の変動を全体像として示す。(2)教育と職業をめぐる個々のインフォーマントの語りを加え、内面的な分析を深める。(3)複数の家族のケースを比較分析することにより、教育と職業の家族変動に共通する特徴を見出し、仮説を検証する。(4)国家の政策に規定された大きな社会文脈に位置付け、政治、経済、文化分野の先行研究と照らし合わせながら、台湾型の家族変動モデルを提示する。 2. 第二次小型ワークショップの実施:東アジア地域の農山漁村の戦後の社会変遷をテーマに、国内もしくは海外の研究者を招き、小型ワークショップの形で意見交換を行い、国際的・学際的な研究成果の共有化を試みる。 3. 成果発表:(1)台湾、日本、アメリカを中心とする国内外の学会報告、雑誌論文、研究ノートなどの公表を予定している。(2)教育においては、一橋大学社会学部、同大学院社会学研究科において担当している東アジア研究、台湾研究科目の受講生に対し、また他大学の東アジア戦後史の研究者と連携した授業において本課題の成果を公開し、受講者と共有する。(3)書籍として日本および台湾での刊行を計画する。
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