本研究は、農村生業研究の空白地帯であるミャンマーの中央乾燥平原において、恒常的に寡少で不安定な降雨条件(ノーマル・ハザード)に歴史的に長期にわたり直面してきた人びとによって育まれた生業複合体系の全体像を示すことを目的としている。 最終年度となる2018年度はミャンマーでの現地調査を実施した。過去に継続的調査をおこなった調査村で約十年ぶりの悉皆調査をおこない、国レベルで政治・経済・社会的変化が生じている中での同平原農村の生業体系・農業体系の変化(不変)を以下のように明らかにした。 調査村で作物生産に従事する世帯は今なお大多数を占めており、家計における重要度もほとんど低下していなかった。調査村の総作付面積をみても約1割増加しており、現在も農業が主な生業であり続けているといえる。複数作目を組み合わせる体系は継続しており、特定作物に偏る傾向はみられなかった。約十年の間に作付面積を伸ばしたのはワタ近代品種であった。近代品種の2017年収量は在来品種の平均と比べると2倍以上を示したが、農民らは高収性よりもその他の副次的特性を評価していた。ただ、在来品種の栽培は根強く残っており、新作目の普及が急速にではなく段階的に進んできたことがうかがえた。村落合計の生産指数は過去の変動範囲に近い値となり、現在の農業体系が従来同様の安定化機能を維持しているといえる。つまり、同地域の人びとが安定性の確保を基本的に志向しながら、同時に生産・収入の最大化を追求し、農業体系を動的に発展させているプロセスとして理解できる。これらの知見は、ミャンマー中央乾燥平原の生業複合体系における、生態ハザードと農村生業の関係についての理論的枠組みの構築の基礎情報となり、同地域の生業システムの地理的変異・歴史的成り立ち・現代的変化の仕組みの解明にとって有用である。
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