研究課題/領域番号 |
26360061
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研究機関 | 一橋大学 |
研究代表者 |
多田 治 一橋大学, 大学院社会学研究科, 教授 (80318740)
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研究期間 (年度) |
2014-04-01 – 2019-03-31
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キーワード | 沖縄 / ハワイ / 観光 / 北海道 / 先住民 / 開発 / イメージ / 北と南 |
研究実績の概要 |
本研究と直結するパラダイス・プロジェクトの成果として、平成27年6月にハワイをテーマにしたパネルディスカッションが開かれ、新婚旅行ブーム期の宮崎・ハワイ・沖縄の関係について報告と議論を行い、有意義な視座が得られた。同内容の英語論文は最終作業を経て、1月に海外査読誌に掲載・ウェブ公開された。日本語でも大学紀要に執筆、掲載された。 平成26年度末に、ハワイ・沖縄の南国観光を考える上で、日本の観光の長期の歴史をよりトータルに把握する必要性を自覚し、国立公園の歴史や、戦前の植民地観光から戦後の北海道観光への流れに重要性を見出していた。北海道と沖縄という南北の両極の関係性の中で、沖縄を位置づけ直す射程である。そこで平成27年度前半は、北海道の観光史を検証し、沖縄研究の知見との接続・比較を行い、9月の日本社会学会大会で報告した。本格的なリゾート化が日本復帰後以降と後発型の沖縄に対し、早くから観光地化した北海道の経緯を重ね、長期の観光の歴史を把握できた点が意義深い。 また戦後の北海道観光は、戦前の植民地観光を別の形で受け継いだ面をもつことから、「内国植民地」としての北海道と、当時の「観光アイヌ」の位置づけを問い、観光研究に植民地・力関係・先住民などの問題圏を組み込めた。これは、南国ハワイが沖縄より北海道に近い一面であり、ハワイアンとアイヌという先住民が、入植者の流入とともに激減・衰退を強いられながら、観光の文脈へと包摂・特化され、両地に固有のエスニックな特色の演出・誇示に利用された点である。 後半期は以上の知見をふまえ、こうした観光のプロセスをとらえるための歴史的・地理的・理論的パースペクティブを掘り下げる作業を行い、グローバルな奢侈や消費の歴史の中に楽園観光を位置づけ直す必要性・意義に到達した。また2月・3月には、広島と中国揚州でフィールドワークと聞きとり調査を行い、沖縄との比較の知見を深められた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
新婚旅行ブームからみた宮崎・ハワイ・グアム・沖縄の比較・影響関係については、英語と日本語の両方で論文を発表でき、これまで数回行った国内外での発表でも、多くの反響を得ている。1960-70年代を中心としたこの研究を、日本の観光の長期の歴史のなかに位置づけ、より全体的な把握へ向かう必要を感じていた。そこで浮上したのが戦前・戦後の北海道であり、それは戦前期の植民地との連続性、ハワイとの類似性をもつ。北海道の観光史・開発史を詳しく見ていくことで、沖縄・宮崎・ハワイという「南国」の観点だけでなく、「北と南」という日本列島の両極の観点から、比較と関係づけの知見を豊かにし、強化することができた。 北海道と沖縄は、北と南で対照的であるだけではない。かつて研究代表者が『沖縄イメージの誕生』で用いた「開発・イベント・交通・観光」という4次元の枠組みは、北海道にも援用できた。特に、北海道における戦前の「開拓」から戦後の「総合開発」へと連なる流れのなかで、総合開発と観光がどういう関係にあり、開発の枠組みのなかで観光がどう伸びていったのかを見て、それを日本復帰後の沖縄の動向と重ね合わせて比較検討を行うことができた点は大きい。復帰後の沖縄における海洋博にみられたような起爆剤型開発は、それまでの北海道開発や札幌の博覧会・オリンピック等でひと通り準備された手法であり、沖縄復帰時に先立つモデルとなりえた点で、連続性をもっていたのである。 このように、今回は北海道と沖縄を主要事例に設定しながら、エリア横断的な考察を広げ、戦前と戦後をつなぐよりトータルな歴史の視座から観光を研究できた。観光と非観光の諸要素(開発・イベント・都市・交通)との関係を掘り下げる作業を通して、観光を切り口に社会をとらえる視点と手法を練り上げることができたのも、オリジナリティの高い到達点にあるといえる。
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今後の研究の推進方策 |
平成28年度中、特に前半は、こうした観光のプロセスをとらえるための歴史的・地理的・理論的パースペクティブを掘り下げる作業にウェイトを置く。具体的にはグローバル・ヒストリー研究、ケイン&ホプキンスのジェントルマン資本主義論、ウォーラーステインの世界システム論、エリアスの文明化・宮廷社会論、ゾンバルトの贅沢・消費論、ブルデュー『ディスタンクシオン』の象徴闘争論の歴史研究への応用、そしてコルバンのリゾート史研究の日本への応用、などである。 贅沢品・嗜好品、いわゆる「象徴財」を軸としたグローバルな経済の歴史に、観光をどう位置づけるかは、まだ充分に手を着けられていない重要な課題であり、これをグローバル・ヒストリーの射程のなかで、実証的、かつ理論的に彫琢していく必要がある。そのうえで、そこに日本、沖縄・ハワイ・北海道などの各地を再定位していく、その作業は平成28年度後半以降、徐々に本格化させていく。主要な対象地・時期を設定しながらも、エリア横断的かつ戦前・戦後をつなげるような、時間・空間的に柔軟な作業・思考をたゆまず続けることによって、観光研究をいっそう豊饒化していくことが可能になる。 グローバルな奢侈・消費の歴史のなかに、観光を位置づけなおすとき、観光と非-観光の諸要素との明確な区分・切り離しは困難であり、むしろ両者を関係づけ、粘り強く見ていく視座が、ますます重要となってきている。逆に言えば、こうした社会連関の中で、観光はいまや欠かせない一要素となっている(全体的・社会的事実としての観光)。観光を切り口にして社会をとらえる方向を、こうしたグローバル・ヒストリーの文脈のなかで、いっそう深めていく。 平成28年2月末から『多田ゼミ同人誌・研究紀要』を創刊し、1~2か月ごとに研究成果を文章化して寄稿する態勢をととのえている。書きためた原稿を論文にし、最終的には単著にまとめあげていく。
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備考 |
『多田ゼミ同人誌・研究紀要』Vol.2(2016.3.29刊)「舌で味わう中国揚州リポート」「ゾンバルト、その可能性の中心(1)『恋愛と贅沢と資本主義』」 同Vol.1(2016.2.24刊)「グローバル・ヒストリーとジェントルマン資本主義・導入編―“象徴”の社会学の全面展開に向けて―」 一橋大学社会学研究科・社会学部 多田治ゼミナール刊行
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