研究課題/領域番号 |
26370006
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研究機関 | 筑波大学 |
研究代表者 |
五十嵐 沙千子 筑波大学, 人文社会系, 准教授 (10365992)
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研究期間 (年度) |
2014-04-01 – 2019-03-31
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キーワード | 哲学カフェ / ハーバーマス / アクティブラーニング / オープンダイアローグ / コミュニケーション / 対話 / 対話型授業 / ハイデガー |
研究実績の概要 |
1. 「哲学カフェ」の基礎理論に関しては、これまでの研究年度にたてた理論仮説(ユルゲン・ハーバーマスのコミュニケーション理論を中心とした哲学カフェ理論。民主主義的コミュニケーション空間を、「司会者の不在」「流動性」「匿名性」「周縁」「<話者>の 不在」という鍵概念を用いて分析・検証する理論)を基礎に、本年度はさらにU理論、デヴィッド・ボームの対話理論、またフィンラ ンドで重度の統合失調症の治療に用いられている「オープン・ダイアローグ」の理論と比較対照し、「哲学カフェ」の規範理論の仮説 を更新し、論文発表をした。特に「オープンダイアローグ」と「哲学カフェ」の理論研究に関しては、ハイデガーとバフチンの理論を用いて最新の対話理論研究を進めることができた。 2. 「哲学カフェ」形式の授業構築に関しては、アクティブラーニングにおける対話型授業と「哲学カフェ」の比較対象を行い、アクティブラーニングの研究会・シンポジウムでパネリストとして発表した。 3. 上で得られた理論仮説の有効性を確かめるため、茨城県立並木中等学校、茨城県私立学校教員研修、岩手県花巻北高等学校、鹿児島純心高等学校、福岡県明光高等学校、兵庫県百合学院高等学校等さまざまな高等学校で「哲学カフェ」に基づく授業実践・授業研究を行い、検討会を開いて高校・大学の先生方および筑波大学大学院教育研究科院生とのワークショップを行った。 4. また昨年度に引き続き、本年度も日本倫理学会(於弘前大学)において「哲学カフェについての哲学カフェ」を主催し、哲学カフェ形式をもちいて「哲学カフェ」についてのワークショップを行った。 5. 前年に引き続き、計24回の「哲学カフェ」を実施し、また「哲学カフェ」についてのワークショップを開いた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
(理由) 研究実績の概要に記載した通り、1の「哲学カフェに関する基礎理論研究」、2の「哲学カフェ形式の授業構築」に関しては、当初の予想を超える研究の進展をみた。特に今年度は「U理論」と「オープン・ダイアローグ」の理論に加え、バフチンの対話理論を取り入れることにより、教育分野に限らず、マネジメントの領域や精神医療の領域においても、哲学カフェに共通する同じ対話理論が有効であることを明らかにすることが できた。 またとりわけ、2の授業構築に関しては、日本の高等学校のアクティブラーニングを牽引する下町壽男氏(岩手県立花巻北高校長)の 協力を得られたことにより、理論構築・研究実践の両面において非常にスムーズかつ高いパフォーマンスでの研究ができたことは特筆に値するものである。 さらに、日本倫理学会(於弘前大学)において主催したワークショップでは、国内のさまざまな高校・大学の倫理学の教員が集まり、「哲学カフェ」および「哲学カフェを用いた授業」に対する不安や疑問を共有し、共同で倫理の授業のあり方を考えていくという場を持つことができた。これほど哲学カフェやアクティブラーニングが広がっていても、とくに大学教育においてはほぼ対話型授業もアクティブラーニングも全く取り入れられておらず、大学教育でいかにアクティブラーニング、とりわけ対話型授業を構成していくかが今後の理論課題になることが明らかになった。 さらに、各地の高等学校の依頼で実施した実験授業では「哲学カフェ」が、単に授業実践に留まらず、カリキュラムマネジメントや、教員のメンタルヘルス・授業者としての学習ツールとしても有効であることが実証できた。
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今後の研究の推進方策 |
(今後の推進方策) 30年度は、29年度に引きつづき、ハーバーマスのコミニュケーション理論研究、「哲学カフェ」を中心とする対話についての基礎理論研究を行い、さらに「ソクラテス・メソッド」についての理論構築を行いたい。「ソクラテス・メソッド」はいまだきちんとした理論構築がなされておらず、ハーバーマスを中心とする対話を論じる現代思想の分野での位置づけも明確にされていない。今年度は、これまでの理論研究をもとに、「哲学カフェ」の全体理論を明確にし、国内外の複数の学会で発表することを予定している。 また、哲学カフェを用いた中等・高等学校での授業構築に関しては、前年に引き続き、筑波大学人文社会科学研究科哲学・思想専攻および筑波大学大学院教育研究科の院生達の協力を得て、研究協力校での授業実践・授業研究を行い、アクティブラーニングにおける「哲学カフェ」の方法と可能性について明らかにしていくことを考えている。 また30年度は、岩手県花巻市の町おこしを「哲学カフェ」で行うことを企画している。これは29年度に花巻で行った三度の哲学カフェの際に、市民のなかから「花巻を復興したい、哲学カフェで手伝ってもらいたい」という希望が多数寄せられたことに基づいている。アメリカでは市民対話に基づく行政デザインが行われており、民主主義社会の構築手法として注目されているが、この実施には多額の費用がかかるため、過疎地の行政団体では用いることができない状況がある。これに対し、哲学カフェを用いた手法は、現行のアメリカ式対話型行政デザインに代わる新しい市民対話の場、政治参加の場を形成することができると期待できる。この理論化も含めて、本研究の成果としたい。
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次年度使用額が生じた理由 |
当初、フランス及びドイツで哲学カフェの実態調査及び学会発表をする予定であったが、大学入試センターでの業務のため、渡航することができなかった。そのため次年度使用額が生じた。今年度、フランス・ドイツ等での実態調査及び学会発表に使用する予定である。
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