研究課題/領域番号 |
26370038
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研究機関 | 関西大学 |
研究代表者 |
品川 哲彦 関西大学, 文学部, 教授 (90226134)
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研究期間 (年度) |
2014-04-01 – 2017-03-31
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キーワード | 責任 / 未来倫理 / 自然哲学 / ユダヤ思想 / グノーシス思想 / 倫理学 |
研究実績の概要 |
本研究の研究計画調書の研究計画・概要の冒頭に「研究目標のなかで、とくにグノーシス研究と彼のユダヤ性の探究が申請者の研究歴からして最も難関である」と記した。2014年度は、ユダヤ性の探究について一つの成果をあげた。京都ユダヤ思想学会第7回学術大会(2014年6月21日、関西大学)で「アウシュヴィッツ以後の『ユダヤ的なるもの』」を共通テーマとして行われたシンポジウムの基調講演「ハンス・ヨナスという問い」がそれである。これはヨナスの研究履歴全体のなかで彼のユダヤ性の要素を位置づける試みであり、とくに彼の環境倫理学と未来倫理に関わる提言と生命ある自然というユダヤ教の自然観との連関を示唆した。同学会はユダヤ思想、キリスト教神学、宗教学の研究者を中心としており、そういう場で基調講演という形で発表できたのは本研究の推進とその成果の発表にとって得がたい機会だった。同論稿は2015年に学会誌『京都ユダヤ思想』に掲載される。 ついで、第8回一橋フォーラム(2014年9月7日、一橋大学)で口頭発表「ハンス・ヨナスの自然哲学」を行った。ヨナスが生命哲学を集中的に論じている著作Das Phaenomen Lebenを中心にして、彼の自然哲学の構造を解明した。同論稿は2015年度に『一橋フォーラム』に掲載される。 そのほか自身で主宰している関西大学倫理学研究会で、ヨナスの責任原理を論じた拙稿に森岡正博・吉本陵から寄せられた批判に対する応答を口頭発表し、その論稿「倫理的思考、存在論的思考、経済的思考の違い、また『唯名論』批判――森岡正博氏・吉本陵氏『将来世代を産出する義務はあるのか』への応答」を同会の機関誌で電子ジャーナル『倫理学論究』2巻1号に掲載した。同論稿はヨナスの責任原理が個人というよりも人類の責任を説くものであることをあらためて指摘し、それをただちに個人の行動規範に読み替えることの不適切を説いたものである。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
上に記したように、2014年度の研究目標にはグノーシス思想とユダヤ性の探究を掲げていた。この二つの主題についてこれまでの研究成果に比して画期的な進展があったというほどまでは残念ながらいえず、その点を厳しく自省すれば「おおむね順調」とはいいにくい。しかし、グノーシス思想についていえば、グノーシス思想の研究はヨナスの研究履歴の出発点であったがその方法はハイデガーの実存哲学をグノーシス思想読解に適用したものであり、第二次大戦後のヨナスがハイデガーへの評価を一転させたのちにはグノーシス思想が彼の研究主題から外れていった。ユダヤ性については、ヨナス自身が、哲学は普遍性を求めるゆえに「無神論」たらざるをえないという認識をもって、哲学者であることとユダヤ人であることとの緊張関係を生きていた。以上の経緯から、上述の二つの主題については、先行する、あるいは同時代のヨナス研究においてもまだ定見は確立しておらず、研究代表者もそのなかで探究と模索を進めている状態である。とくに、ヨナスの思想は日本でまだ広く認知されているとは必ずしもいえない現時点では、研究代表者がヨナスについての学術研究を発表する場合に同時に彼の思想の紹介という趣旨が含まれている場合が多い。そのなかで「研究業績の概要」の欄に記したように、ユダヤ思想、キリスト教神学、宗教学の研究者を中心とする学会で基調講演し、その後のシンポジウムでの質疑応答によって学問的吟味を経ることができたのは、現時点では「順調な進展」に数えることができると考える。 2014年度のもうひとつの仕事であるヨナスの自然哲学については、彼の思想の根幹であるので当然ながらすでにこれまでも研究を進めてきたが、計画調書では2016年度に予定していた自然哲学を集中的に論じる作業を2014年度に行えたのは今後の研究計画全体の進展の支えとなった。
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今後の研究の推進方策 |
研究計画調書では、2015年度の計画の冒頭に「前年度に引き続き、ヨナスの研究の出発点である時期に焦点をあてて研究を進める。グノーシス思想とHeideggerの実存分析との類縁性の発見については、本研究はあくまでヨナス解釈の立場に立つためにヨナスの視点から問題点の再構成に努める」と記した。およそこの方向で研究を進めるが、Heideggerとの関連では、日本哲学会の2016年大会に「哲学者の政治責任」を主題とするシンポジウムが予定されており、研究代表者はその提題者のひとりに内定している。この主題はヨナス研究ではないが、ヨナスが師ハイデガーから離反した(したがって、上述のように、ハイデガーの実存哲学にもとづくグノーシス思想研究は彼の研究主題ではなくなっていく)理由は、ハイデガーのナチズムへの加担にあった。しかも、ヨナスはハイデガーの哲学のなかに自然の捨象をみている。現代における故郷喪失を指摘し、シュヴァルツバルトの田舎から離れず思索を進めたハイデガーにたいして、ヨナスがそう批判したのはグノーシス思想と実存哲学の共有性に自然からの離脱をみたためであった。したがって、上に記した既成の方針の研究を進めるにあたって、同学会の提題の準備作業は本研究課題の進展を推進する。 研究計画調書には、「討議倫理学者による責任原理の摂取の新たな動向、ロールズの貯蓄原理にもとづく未来世代の配慮と責任原理によるそれとの対比」を2015年度の課題として記している。後者については、2015年度中に単著『倫理学の話』をナカニシヤ出版から刊行する予定であり、そのなかに世代間正義ないし未来倫理の問題についてロールズ、アーペルとヨナスとの違いに言及している。一般書だが、「現在までの達成度」にも記したように、ヨナスがまだ十分に紹介されていない現状において、彼の思想の同時代の哲学者のなかで占める位置を同書をとおして世に問う予定である。
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