研究課題/領域番号 |
26370038
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研究機関 | 関西大学 |
研究代表者 |
品川 哲彦 関西大学, 文学部, 教授 (90226134)
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研究期間 (年度) |
2014-04-01 – 2017-03-31
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キーワード | 責任 / 未来倫理 / 自然哲学 / ユダヤ思想 / グノーシス思想 |
研究実績の概要 |
ハンス・ヨナスは、現在世代には人間の活動がひきおこした現代の環境危機に抗して未来世代に人間らしい生存ができる地球環境を残す責任があるとする倫理理論によって世界的に注目された。現代の価値多元社会のなかでこの責任原理が受容されるように、彼はその理論を展開した『責任という原理』では特定の神学的背景に言及していない。したがって、その理論は神学的思索とは独立のものと考えられる。しかしまた、ユダヤ人である彼は、晩年に、ホロコーストを黙過した神をどのように理解しうるかという問いを立て、全能ならざる神という神概念を展開している。そのうえ、『責任という原理』は彼がそれ以前に確立していた、生き物に目的を設定する目的論的自然観の自然哲学を継承している。さらに遡れば、彼の研究の出発点はハイデガーの実存哲学の諸概念を用いたグノーシス思想研究にあった。これらのヨナスの哲学の展開の多様な局面はどのように結びつくのか。それについては今でも定説ができているとはいいがたい。本研究は今年度、世界という内在と世界を創造する神という超越とを鍵概念として、ハイデガーへの傾倒とグノーシス思想研究、ハイデガーのナチズム加担によるハイデガーからの離反、実存哲学とグノーシス思想に対抗する自然哲学の構築、自然哲学と責任原理と晩年の神学的思索というヨナスの多様な側面を関連づけて彼の思想の展開を跡づける論文「超越と内在――ハンス・ヨナス哲学の展開」を作成し、『京都ユダヤ思想』(6号、2016年1月、62-87頁)に掲載した。日本では、責任原理に着目する倫理学者とグノーシス思想研究・全能ならざる神概念に着目する宗教学者との交流は進んでいないが、同論文は京都ユダヤ思想学会を発表媒体としたもので、両者を結びつける機縁ともなった。このほか、倫理学の入門書『倫理学の話』を著し、そのなかで入門書には異例だがヨナスの責任原理の重要性を紹介した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
ヨナスの思想の全貌はまだ世界的に流通しているとはいえない。主著の大半が翻訳された日本でも状況は同様である。したがって、なおヨナスの思想の重要性を紹介する活動を進めなくてはならない段階にある。私自身の研究成果の発表もそのような形をとることが多い。「研究実績の概要」の欄に挙げた2015年度の研究実績もその例である。また、2016年度には、日本哲学会大会でのシンポジウム「哲学の政治責任――ハイデガーと京都学派」で提題者を務め、ヨナスのハイデガー批判に言及するが、それも研究成果としてはその方向にある。もちろん、それはそれで意義はある。だがその方向にひきかえ、前年にも挙げた本研究の難関は依然として突破できていない。すなわち、グノーシス思想研究とそれに先立つ最初の著書『アウグスティヌスとパウロ的自由の問題』というヨナスの出発点の分析についてなかなか専門的に集中した研究の成果を挙げられずにいる。この点で「やや遅れている」と自己評価せざるをえなかった。その内的な要因は、グノーシス思想については膨大な研究の蓄積があるものの、グノーシス思想自体についても統一像がまだ結ばれているとはいえないこと、また、ヨナスの最初の著書については恩寵と自由の概念というキリスト教史の重要な主題に関わることである。他方、その外的な要因のひとつは、ヨナスの著作集の発刊の進展が依然として遅れていることである。13巻からなる予定のこの著作集は2009年に最初の発刊をみてからまだ5巻しか公刊されていない。本研究の最終年度である2016年度に続巻が発刊されることも考えて、2015年度予算の一部を残して2016年度に回した。もちろん、当初の目論見ほど捗っていないとはいえ、前項に記した論文「内在と超越」はユダヤ思想、宗教学等の研究者からの応答論文(発表誌上に併載)という学際的成果も得ており、上述の難関の克服へと歩を進めつつある。
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今後の研究の推進方策 |
2016年度は「現在までの進捗状況」に記した日本哲学会大会シンポジウムでヨナスによるハイデガー批判についての研究成果を発表する。この発表でヨナスの思想のさらなる普及を促したい。「現在までの進捗状況」に記したグノーシス思想研究とそれに先立つ『アウグスティヌスとパウロ的自由の問題』の時期の分析については、前項に記した状況は変わらないが、本研究のこれまでの成果にもとづいて彼の研究の出発点を逆照射するやり方でヨナスの初期の研究についてその内容と意図とそこに含まれている方向性とを再構成するやり方にしぼることにしたい。ヨナス研究に焦点をあててこのテーマについて論じてきた著者には、BongardtやMueller等があり、それらの論文はすでに一読しているか、収集している。当初の目論見では、グノーシス研究史のなかでのヨナスの位置づけ、ユダヤ教とグノーシス思想との関連、恩寵と自由の問題といった初期のヨナスの研究テーマの背景をなしている大きな文脈を展望できるような成果をできうれば望んでいたのと比べれば、このやり方は、ダウンサイジングを意味しているが、しかし、本研究はヨナスの哲学の展開にしぼっていることから、研究の達成目標の本質的な変更を意味しない。上記の方向で課題として立てられるのは、グノーシス思想研究がヨナスの研究全体にとってもつ意義づけである。すでに公表した「技術、責任、人間」(2013年)でのハイデガーとヨナスの技術論の対比、「超越と内在」(2016年)および活字化していない口頭発表の「ハンス・ヨナスの自然哲学」における彼の自然哲学の解釈が示しているように、本研究はこれまで、彼の初期の研究は、グノーシス研究史への否定できない寄与は別として、彼の独自の哲学にとっては前段階とみなしてきた。原則的にこの評価は変わらないものと思われるが、それについての細部をおさえた論証が最終年度の課題である。
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次年度使用額が生じた理由 |
ひとつの要因は、ヨナスの著作集の発刊の進展が依然として遅れていることである。13巻からなる予定のこの著作集は2009年に最初の発刊をみてからまだ5巻しか公刊されていない。それの波及の意味もあろうが、ヨナスに関する二次文献の発刊も2015年度は停滞していた。本研究の最終年度である2016年度に遅延部分が発刊されることも考えて、2015年度予算の一部を残して2016年度に回した。
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次年度使用額の使用計画 |
2016年度分として申請する額と上記の前年度残金とを合わせて、これまでの年度と同様に、(1)ヨナス著作集の新刊の購入、(2)ヨナス研究の二次文献の購入、(3)関連分野の二次文献の購入、(4)ドイツ等への資料収集と意見交換のための出張(出張先として、ドイツでは、ユダヤ関連文献を蒐集しているケルン中央図書館、ヨナスの生地であるメンヒェングラートバハ市立図書館、ヨナス研究所のあるベルリン自由大学とヨナス・アルヒーフのあるコンスタンツ大学、ドイツおよび近隣諸国のユダヤ博物館等を考えている)のための旅費に使用する。
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