永楽三大全のひとつである『性理大全書』は、官学への全国的頒布後、儒学教官によって学生に教授されたのだが、一部の教官は、その教授内容を講義録として書きためていた。そうした講義録に着目したのが、福建を中心とする民間の書肆であり、正徳から嘉靖年間、該書に注釈を加増した書物が出現した。講義録が、この書物の注釈として個別に取り込まれたのである。この新たな注釈書は、当初「性理群書集覧」という名前を持っていた。しかしその後「補註」や「標題」、「集釋」などが附加される過程において「新刊性理大全」との呼称を得るようになった。現在、われわれが通常もちいる該書のテキストには、注釈なしのそれと、ありのそれとの二種類に大別できるわけである。 平成26年度は、かかる一連の経緯について、北海道大学文学部図書室、東北大学総合図書館、国立公文書館、名古屋市蓬左文庫などに収蔵される大全書関連のテキストを用い、実証的に解明した。『性理大全書』の形態に関しては、編纂の当初から何の変化もないものとする理解が当然の如く抱かれていたが、その常識はただされる必要があったわけである。また、研究の過程において、明代前半において加増された注釈の多くが同書の前半に集中するという側面を見出した。そもそも北宋張載の『正蒙』や南宋蔡元定の『律呂新書』について言及する人士の増加が、この同じ時期の思想現象として確認できるのだが、それは、これらの書物をその前半に載せる『性理大全書』の普及、ないし注釈を用いた教授方法の拡大と連動する思想運動であった。 如上の成果は、平成26年10月26日、中国武夷山で開催された「明末清初学術思想史再探」第二次工作会議において口頭発表した。
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