研究課題/領域番号 |
26370080
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研究機関 | 京都教育大学 |
研究代表者 |
荻野 雄 京都教育大学, 教育学部, 准教授 (50293981)
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研究期間 (年度) |
2014-04-01 – 2017-03-31
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キーワード | クラカウアー / ヴァールブルク / アドルノ |
研究実績の概要 |
本研究は、ワイマール共和国および第二次大戦後のアメリカで活躍し、近年再び世界的に脚光を浴びている思想家ジークフリート・クラカウアーの根本モティーフを明らかにしたうえで、その特異な文化哲学を思想史の布置の中に位置づけることを目的としている。 平成27年度はまず、『オッフェンバック』(1937)を中心とするクラカウアーのフランス亡命時代の思想に関する研究成果を、論文へとまとめた。その論文では、全体を把握しがたいクラカウアー思想の統一的イメージを掴むためにも、また彼の思想史的・現代的意義を闡明するためにも決定的に重要な、次の三つの点を明らかにした。第一に、『オッフェンバック』論は第二帝政の秘密を暴くことで第三帝国下のドイツ人を覚醒させようと試みた、優れて政治的な著作である。第三帝国とのこの対決の前提である、「現実の非現実化」と「非現実の現実化」とに立脚する体制というクラカウアーのナチズム観は、ワイマール時代の近代社会批判とイメージ理論の帰結であると同時に、戦後の彼の知的営為の基礎でもある。第二に、アドルノが近代ブルジョア社会から超越した位置からそれを批判しているとすれば、クラカウアーは近代社会に内在しながらそれを考察している。その結果、クラカウアーのナチズム観が優れて現在的な意義を持つのに対し、第二次大戦中アドルノは、正統派マルクス主義的視点からしかナチズムを見ることしかできなかった。第三に、暗い根源的な力に触れながらも偶然的な契機を捉えてそこから飛翔するという、クラカウアーの言うオッフェンバックの「理念」は、やはりオッフェンバックに魅了されたニーチェの「永劫回帰」思想と親縁的であり、またいわゆるポスト構造主義の先取りともなっている。 その後、ヴァールブルク学派及び同学派とクラカウアーとの関わりの考察に、集中して取り組んだ。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
クラカウアー思想の全体像の大まかな輪郭に依拠しつつ、クラカウアーの思想遍歴の随所に見られるヴァールブルク学派との思想的交流を取り上げ、なおまだ十分には探査されていない両者の思想的親縁性を究明し、以下のことを明らかにしている。 クラカウアーは『カリガリ』でイコノロジー的手法を用い、『映画の理論』では、ヴァールブルク学派のパノフスキーに倣って「物理的現実」という表現を用いている。しかし彼とヴァールブルク学派との関係は、以上の比較的見てとりやすい事実に尽きるのではない。デモーニッシュなものとの格闘として近代を見るワイマール中期以降のクラカウアーの視線は、近代世界における「古代の存続」を根本問題とし、ファシズムのうちに異教の復活を見たヴァールブルクのまなざしと決定的な点で重なっている。こうした問題意識の共有ゆえに、ヴァールブルク学派のゴンブリッチもクリスも、クラカウアーと同様に大戦中はプロパガンダ研究に取り組んだのであった。またヴァールブルクとクラカウアーは、運動イメージやメディアとしてのイメージに強い関心を寄せていた点でも一致していた。 ヴァールブルク学派とクラカウアーの関係の研究は、クラカウアー思想の新たな一面に光を当てるばかりではなく、ともすれば絵画の思想内容の解読を中心とすると見られがちなヴァールブルク学派の、異なったプロフィールを浮き彫りにするであろう。 現在、こうした考察の成果を論文にまとめている。
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今後の研究の推進方策 |
クラカウアー思想の現在性を探るため、これまで掘り出してきたクラカウアーの思考の全体的枠組を、現代の映画理論、特にドゥルーズのそれと比較する。 クラカウアーの映画理論は内在的な生の哲学の立場から展開されているが、ドゥルーズの映画理論も、内在主義的な生の哲学者であるベルクソンに大きく準拠している。また両者とも偶然的な生の発展に着目し、さらにはドゥルーズが映画の課題を「世界への信の回復」に見ているのに対して、クラカウアーも『映画の理論』において映画の究極の使命を「世界を我々の家にすること」と捉えている。こうした類似性から予想される両者の理論の重なりはどこまで及んでいるのか、精査する。 そのうえで、この研究の結果を平成26年度、27年度の成果と併せ、クラカウアー思考の全体的イメージおよびその思想史的・現代史的意義を最終的に整理する。
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次年度使用額が生じた理由 |
平成28年度に予定していた研究主題に関して、これまでの研究の成果から、新たに必要となる資料が生じたため。
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次年度使用額の使用計画 |
必要な資料を購入する。
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