中世における音楽(理)論について、基本資料の発掘は進んできており、ある種の宇宙論・宇宙観との関係での研究はあったにせよ、音楽学史の分野を超えて、他の自由学芸、特に言語に関わる自由学芸との関係については、必ずしも十分に研究されてきたとは言えなかった。本研究では、他の自由学芸との関連において中世の音楽(理)論の発展を追うことで、自由学芸の中での音楽(理)論の位置づけを再考し、さらに認識論や今日の表現でいえば生理学的・生物学的プロセスについての思想に対して、中世の音楽(理)論がどのような影響を与えたのかを明らかにすることを目指した。 初年度2014年度、続く2015年度を通して明らかになったことは、初期中世において音楽の捉え方の基礎を築いたボエティウスにおいて思弁的だった音楽観が、13世紀に至りアリストテレス的観点の再導入に伴って経験的なものになったという歴史観は適切ではなく、9世紀から14世紀にわたる長い期間において、動物と人間が共通して有する生理学的なプロセスとして分析する長い歴史があること、またアリストテレス的な学問観の再導入が、むしろ経験的な音楽(理)論から区別される思弁的音楽(理)論を導入した可能性が強いということである。 最終年度である2016年度は、これらの成果を受け、大学での学問が発展していく13世紀から14世紀に至る時代の中で、このような変化がどのように展開していったかを追った。より具体的には、ロジャー・ベーコンとニコル・オレームにおいて、どのように音楽と人間との関係が生得的なものとして記述されているかを分析し、特に14世紀のニコル・オレームに至り、各旋法の引き起こす感情の記述がある種の生理的なプロセスとして記述されることで、宇宙論的な音楽観とは違った、動物とも共通するような作用のプロセスとして音楽が詳細に記述されるに至ることが明確になった。
|