研究課題/領域番号 |
26370094
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研究機関 | 大阪教育大学 |
研究代表者 |
北川 純子 大阪教育大学, 教育学部, 教授 (00379322)
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研究期間 (年度) |
2014-04-01 – 2017-03-31
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キーワード | 浪曲 / 浪花節 / 節 / 旋律断片 / 骨格式 / 家(流派) |
研究実績の概要 |
明治期に誕生した浪曲の「節」(旋律)は、現在まで口頭伝承により受け継がれてきており、その実演は、あらかじめ青写真として設定された「節」の忠実な再現という性格をもたない。本研究の目的は、そうした特徴を有する浪曲の「節」が個々の浪曲師によってどのように実演現場で生成されるのか、という問題を、「家」すなわち流派の比較をふまえて明らかにすることにある。 平成27年度は、異なる浪曲師による「節」を客観的・相対的に比較するための分析方法の案出に焦点化して研究を進めた。平成26年度までの筆者自身の研究から、浪曲では、詞章文言のほぼ7モーラ+5モーラのひとまとまりに対応するような旋律断片を軸に、より長い「節」が紡がれていると考えられることを背景に、当該の単位をなす旋律断片を、開始音、持続音、到達音、終結音に基づく骨組みとして把捉する[骨格式]を着想するにいたった。この着想は、聴取者がもちうる「節が似ている」とか「節が全然ちがう」という漠然とした感覚を、客観的な基準のもとに解明し、実証を可能にするようにとのねらいをもつものである。 上記の[骨格式]を用いて、複数の浪曲師の「節」を分析したところ、各浪曲師に特有の[骨格式]に基づく旋律断片があること、すなわち、特定の浪曲師が固有の[骨格式]に基づく旋律断片を複数の演題で共通して使用する一方で、異なる浪曲師の実演に関しては[骨格式]も異なることが明らかになった。以上により、[骨格式]に基づく「節」の分析は、今後行う予定の、浪曲師ごと、さらに「家」ごとの「節」の比較に使いうる方法であると考えられた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
1. 一方で、天中軒家の浪曲の稽古の場に立ち会っての、「節」の伝承をめぐるフィールドワーク、他方で、素人の浪曲愛好会での、師から弟子への伝授を介さない実演のフィールドワークを行い、プロと素人がそれぞれ「節」をどのように生成させているかについて参与観察を重ねた。 2. 過去の音源および浪曲文献(雑誌記事)の一部を電子データ化し、作業を行いやすくした上で、上記1の結果もふまえ、[骨格式]に基づく「節」の分析方法を案出した。桃中軒雲右衛門および二代吉田奈良丸による「節」の分析を行った論稿(北川 2015)ならびに、初代東家浦太郎による《野狐三次》の「節」の分析を行った論稿(北川 2016)の執筆段階では、やや漠然としたアイディアであったものを精錬させ、詞章文言のほぼ7モーラ+5モーラのひとまとまりに対応する旋律断片を、開始音、持続音、到達音、終結音から成る「骨組み」として把捉する方法を案出し、判断基準を明確化した。ねらいは、二つ以上の「節」の類似性を判断する論拠として使用できる分析方法の設計にあった。 3. [骨格式]に基づく方法を用いて、初代春日井梅鶯の「節」の分析を行った。分析の結果、梅鶯師の場合には、[骨格式]の出現順序に明確な規則性と循環性があること、また、循環回数の調節によって、全体としての長さに適合させるよう「節」が生成されていることが導出された。このことにより、[骨格式]に基づく「節」の分析の有効性を、ある程度確かめることができた。 4. 上記のように、平成27年度中に、「節」の比較分析を可能にする方法を案出し、個別の浪曲師の「節」に対してそれを適用するところまで研究を進展させたことにより、平成28年度には、当該方法を用いた、「家」の「節」の比較作業に焦点を定めて研究を展開させることができる。
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今後の研究の推進方策 |
平成28年度は、「家」(流派)による「節」の特性の考察を充実させる。 1. 桃中軒雲右衛門と二代吉田奈良丸の「節」について、既に分析を行っていることから、彼らの弟子たちに射程範囲を広げ、録音素材をもとに桃中軒家と吉田家の「節」の比較を行うとともに、両流派に関して「家」により何が継承されているのか、という問題を探る。 2. 現在、浪曲の名跡を継いでいる複数の師匠方にインタビューを行い、「家」と「節」に対する彼らの意識を探る。 3. 平成28年度に共同研究員としてかかわらせていただく国際日本文化研究センター(研究課題・浪花節の生成と展開についての学際的研究)での研究会メンバーとの意見交換もふまえた上で、同センター図書館に寄贈された浪曲音盤ならびに筆者が蒐集した浪曲音盤を資料として、関西の浪曲の「家」の「節」について考察する。その際、「家」相互の影響の与えあいについても目配りをする。 4. 上記のいずれもが、「節」の比較を論拠として、浪曲の「家」のありかた、あるいは、最終年度以降に研究をすすめてゆく予定の、男性浪曲師と女性浪曲師の「節」のちがいといった、浪曲をめぐる社会的な様相の一端に探り入る試みとなる。
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