最終年度は、過去2年の研究で、浪曲の「節」の分析に使いうると考え、案出した[骨格式](おおむね、文言「なにがなにして なんとやら」の単位に充てられる旋律断片について、それぞれの開始音、持続音、終結音から見た道筋を簡素化した枠組み)に基づき、複数の浪曲師による録音を分析・比較する作業とその総合を通して、①分析方法の有効性の検証、②「節」の生成原理に関する理論構築を行った。 分析と総合の結果、第一に、それぞれの浪曲師が独自の「骨格式」に還元できるような旋律断片を使って「節」を生成していると考えられること、第二に、同じ「家」(流派)に属する浪曲師群は、[骨格式]から見た時に同一性もしくは類似性を有する旋律断片を用いて「節」を生成している傾向が顕著である一方、「家」が異なれば使われる旋律断片の特徴が異なること、第三に、個々の浪曲師が複数の演題を実演するにあたっては、各演者特有の、同一性あるいは類似性を有する「骨格式」に基づく旋律断片を、いわば使い回しつつ、文言のイントネーションやモーラ数に適応させながら「節」を生成していると考えられること、が明らかになった。 3年間の研究を総合して、①浪曲の「節」は実演ごとに全く同じではないものの、文言「なにがなにして なんとやら」の単位に対応し、かつ、特定の[骨格式]に還元できるような「モデル旋律断片」とでも言うべきものが浪曲師ごとに存在し、それが、文言のイントネーションや文言のモーラ数に応じて変形されながら半即興的に連結されて「節」が紡がれると考えられること、②浪曲の「節」については従来、個人ごとに異なる面が強調されてきたが、「家」(流派)に収れんされる部分もあること、③譜面なしに誦される浪曲は、〈骨格式〉の連結という観点から見た場合、大なり小なりの定型性を有し、浪曲師によっては「節」の個人様式が明確な構造をなす場合もあることが明らかになった。
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