「ジプシー音楽」とハンガリーの文化アイデンティティとの結びつきが強まった一つのきっかけとして、民衆劇場でのツィンバロムの使用(およびロマのツィンバロム奏者の雇用)があったことに注目し、年度末に学会発表を行った。他に本年度中の課題としてエルンストやヴィニアフスキなど、「ジプシー音楽」を扱った19世紀中葉のヴァイオリニストたちの作品について研究することを予定していたが、残念ながらこれについては大まかな共通の様式が存在していたことを確認するところまでしか進められなかった。 また、かねてから取り組んでいた19世紀を代表する大ヴァイオリニストであるヨーゼフ・ヨアヒム(1831-1907)と「ジプシー音楽」との関連性をめぐる問題については、このトピックが「ジプシー音楽」とこのヴァイオリニストの演奏スタイルとの関連性の問題、ひいては19世紀の弦楽器の演奏習慣全般の問題など、多岐にわたる問題に繋がるものであることが論文執筆を進める中で明らかになった。 全期間を通じて、「ハンガリー音楽=ジプシー音楽」という19世紀的な通念の形成に関して、実際は国外においてすでに通用していた通念をハンガリ ー人達があらためて受け入れ、内面化していった一面もあった可能性について考えてきたが、最終的に、リストやヨアヒムのようなハンガリー生まれ・国外暮らしの音楽家達や、ブラームスのような外国人がこうした通念の形成に一役買っていたこと、その点からすればこうしたイメージはむしろ国内外の人々の相互的交流の産物でもあったことが明らかになったのは収穫だった。一昨年度(2016年度)ボストンで行った研究発表を論文化する計画など、期間内に実現できなかった計画も多いので、そうした計画を着実に実現させることで、本課題の研究成果をぜひ社会に還元させていくこととしたい。
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