研究課題/領域番号 |
26370120
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研究機関 | 京都造形芸術大学 |
研究代表者 |
上村 博 京都造形芸術大学, 芸術学部, 教授 (20232796)
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研究期間 (年度) |
2014-04-01 – 2018-03-31
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キーワード | ノスタルジア / 観光 / 土地 / 故郷 / スイス / 自然 / 健康 |
研究実績の概要 |
2015年度は主に2つの点を考察した。ひとつは前年度の研究で重要性が浮かび上がってきた、スイスという場所が19世紀フランスで担った役割を確認することである。もうひとつは作られたスイス・イメージに代表される自然や故郷といった観念が、従来型の芸術的経験を与えてくれる美術館や古典的・文学的な記憶を持つ場所とどのような差があるのかという点の考察である。 まず、17世紀以来、スイスという土地の一種の風土病として考えられていたノスタルジーが、19世紀になると広汎に共有される情緒へと変化する。それはフランスなどに出稼ぎにきたスイス人傭兵特有の病ではなく、むしろ幸福な幼年期を想起するものとなり、さらには「自然」における「健康」の復活への願いとなる。フランスでも19世紀末に広く読まれた『アルプスの少女ハイジ』にも顕著な自己疎外と自己回復の物語が、パリのような近代的な大都市の住民にとって切実なものとなり、自分たちの喪失した本来の場所を、ヨーロッパ内ではスイス、またフランス内部ではブルターニュなどの田舎に発見するきっかけとなった。 これは従来のギリシャ・ローマ的な古典文学の場所への感性でもなければ、また文学的伝統に強く従う造形芸術作品の作る場所へのそれとも異なる、新しい場所の類型の発明でもある。強いて類縁性を過去に求めれば、牧歌的な locus amoenus (心地よい場所)の伝統に連なるように見えるが、それ以上に自己の身体性とそれが根ざす土地の色が強く意識されている。文化財制度が一方で古代遺跡やキリスト教の寺院を重視しつづけつつも、他方でその草創期から各地の土着の風俗や遺跡に関心を払ってきたのも、こうした土地と身体の一体性の意識の表れと考えることができよう。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
前年度に得られた知見の結果、場所に対する感性に「故郷」の表象が強く関わっていることがわかったため、計画調書作成時点では予定していなかったスイス像の変遷や、それに伴う「健康」や「自然」といった諸観念の成立過程を検証することに時間がかかった。しかしそのことはまた計画上重点的に扱うはずだった文化財や芸術作品の制度のありかたにも新たな光を当てることを可能としたため、有益な迂路となったと思われる。
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今後の研究の推進方策 |
今年度、次年度はほぼ当初の予定通りの進行に戻ることになる。フランスで19世紀後半から国内外のさまざまな土地のイメージがどのように芸術的な表現に関わってきたのかという点を中心にしつつ、サイードの「オリエンタリズム」が指摘する視線が単に西欧近代が他者を恣意的に欲望の対象として眺めるという以上に、西欧内部の抱えていた切実な問題が露呈したものとして考えたい。すなわち、身体性の意識とそこからの自己疎外の自覚が前近代的な場所への夢想を作ったのではないだろうか。これはフランスをはじめ1850年代以降熱狂的に信者を集めたルルドのような治癒力を持つ場所についても近いことが考えられよう。
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次年度使用額が生じた理由 |
国内調査出張を勤務先用務出張の時機と合わせることで有効に使用するために、年度をまたいで先送りにしたため。
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次年度使用額の使用計画 |
当初の予定額の使用に加えて、前年度に先送りにしていた初期写真関連の資料調査を5月中に予定している。
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