研究課題/領域番号 |
26370120
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研究機関 | 京都造形芸術大学 |
研究代表者 |
上村 博 京都造形芸術大学, 芸術学部, 教授 (20232796)
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研究期間 (年度) |
2014-04-01 – 2018-03-31
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キーワード | ノスタルジー / 国民国家 / 身体性 / 土地 / アイデンティティ / 地域性 / 故郷 |
研究実績の概要 |
平成28年度は、前年度で研究した「故郷」表象の拡がりを単に芸術的トピックの変化という面だけでなく、「場所」の概念の転換と多義性の獲得という点から考察した。すなわち、詩的、文学的トポスとして古くから存在した「場所」と、現実の生活や政治の「場所」というふたつの意味が、とりわけ十九世紀以降は混淆して用いられていったのである。これはひとつには国民国家がみずからの統合の象徴的な役割を文化芸術の領域に求めたあらわれともいえるし、またそれはそうした国家観と深く関係するロマン主義の芸術観そのものに由来するものでもある。しかしまた、詩的世界の自律性、普遍性よりも、現実の土地と作品との絆が強調されたのは、単に個人を国家や民族に帰属させようとするイデオロギーだけでなない。その反面で、個人のアイデンティティをその身体性に根ざすものと考える十八世紀末からの新しい潮流が、血や土地のつながりを強く意識させたのも事実である。こうして、十九世紀を通じて、国民国家の物語と個人の物語とは、相補的であり、かつ相反的な関係を持ちつつ、「場所」への関心を高めていった。本研究では、昨年度、特にそれを十九世紀前半にフランスをはじめ欧州で注目を集めた症例であった「郷土の病(郷愁)」と「夢遊病」がどのように文学や舞台芸術の主題としてとりあげられたのかという点から出発して考察した。そして個人の身体性の自覚が一方で土地の神話化の原因になりながら、他方でそれがあくまでも集団の物語に回収されない感性的な経験ももたらしたという事態を確認した。そこから、旅行や写真術が場所の「語り」と知覚との双方に新たな意味をもたらしたのではないか、という平成29年度に中心的に取り扱う予定の問題に至っている。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
平成27年度に幾分かの軌道修正を行い、「故郷」というテーマの成立や伝播についての研究に時間を割いたが、平成28年度は、結果的にそれによって十九世紀フランスの「場所」のありかたを考察するうえでの非常に重要な視点を手に入れられた。
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今後の研究の推進方策 |
今後は、これまで先送りにしていた観光や写真画像についてとりあげたい。それらの普及によって、場所の経験がどのように変化し、場所という物語と個人の場所の知覚とがどのような関係を持つのかを考えることは、従来の近代美術史でいささか等閑視されてきたオリエンタリスムの絵画や紋切り型の観光写真について、あらたな光を当てることができるもの期待される。
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次年度使用額が生じた理由 |
次年度予定しているフランスでの学会発表にあわせて、同地での研究調査の時期を繰り延べたため。
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次年度使用額の使用計画 |
6月にパリとフランス南西部での記念物写真調査に充てる予定である。
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