本研究では、近代の芸術作品の制作と受容にあたって、場所への関心がどのように機能していたのかを、特に19世紀のフランスを例に取って考察した。19世紀のフランスでは、美術館や文化遺産保護の仕組みなど、今日も大いに機能している諸制度が確立したが、そこでは作品とその「場所」の問題がさまざまな形をとって顕在化した。 まず、研究期間の前半で確認したのは、フランス革命期以降、「場所」への関心がふたつの段階を経て増していくことである。まず、文化芸術は普遍的なものというよりも特定の土地が生み出すものである、という18世紀に強まって来た考えがあり、ついで、作品の表現する場所や作品の置かれる場所によって真正性が決まる、という議論が生まれた。 その確認作業を経て、研究期間の後半では、特定の場所が人間の感性的な経験にとって重要視されるようになった、より大きな原因が次の考察対象となった。それは、「郷愁」という心性の普及が如実に示すとおり、近代の都市住民にとって、自らのアイデンティティの拠り所が故郷あるいは夢想された土地に求められた、という事態である。それはロマン主義さらには国民主義の傾向でもあるが、また同時に19世紀を通じて増してくる、人間の移動(移住や旅行)がもたらした新しい生活環境の問題でもある。 研究の最終年度もその一環である。そこでは、特にフランス第二帝政期の芸術家にとっての異郷経験の問題を扱った。オリエンタリスム(東方趣味)の画家たちにとって、場所の表現は単に作品にエキゾチックな味付けを加えるためのものではなく、作品の真正性を担保するものでもあった。美術制度が確立してから、作品は自律的な空間を持つことが期待された。しかしその制度のなかにあっても、作品を特定の場所との関係で結びつけることは根強く行われ、場所への崇拝と作品表面の美的な享受とがないまぜになった情況が生まれた。この情況は今日も続いている
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