本研究では、プッサンが参照したと想定される古代神話や当時の神話誌、あるいは具体的な挿話が16-17世紀の文化的な風土においてどのようなトポスで活用されたのかについての調査を進めることを重点課題の一つとしたが、とりわけプッサン作《ダフネに恋するアポロ》(1664年)について具体的に二点の新知見を得ることができた。1点目は、中景の横臥像が準備素描の分析から「バットスを石に変えるメルクリウス」の脈絡から解釈できる可能性が明らかになったことである。2点目は、作品理解の手掛かりとしてレオーネ・エブレオ『愛の対話』(1535)におけるアポロとダフネの物語の自然哲学的な解釈が注目されることを明らかにしたことである。 また、プッサンに関する国際セミナーを最終年度に開催し、本研究の議論を深め、発信することも課題としていたが、現代におけるプッサン研究の権威ヘンリ・キーゾル氏(ハイデルベルク大学)を招聘し、木村三郎、望月典子の両氏を交えた国際セミナー(使用言語:英語)を日仏美術学会において開催することができた。そこにおいて自説を詳しく紹介し、ディスカッションで議論を深めることができた。さらに年度末には名古屋大学での国際研究集会において別のかたちで自説を披歴し、議論を重ねることができた。 プッサン晩年に制作された一連の風景画(《バッコスの誕生》、《盲目のオリオン》、連作「四季」、《ダフネに恋するアポロ》)では一環として自然の循環が大きなテーマとされているが、それぞれ置かれた力点が異なる。《ダフネに恋するアポロ》では、世界の基本的な要素の循環のテーマに月桂樹と関連した芸術家の不朽の名声のテーマが織り込まれていることが独自なもので、辞世の作にふさわしい構想から生まれたものであると言えよう。 本研究成果は、近い将来の欧文での紹介も念頭においていきたい。
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