江戸時代の参勤交代の制度により各藩は江戸に大名とその家族が在住することとなり、江戸地内には多くの大名屋敷が点在した。江戸南の玄関口となり栄えた品川宿を流れる目黒川を挟んで、北に高輪台地、南に目黒台地があり、それぞれの台地は、各藩の御屋敷地が点在していた。江戸の都市景観はこれらの大名屋敷群により、その特徴を持っていたと思われる。それらを描いた真景図や地図などの絵画史料の調査を行い、それらから江戸後期の景観の復元を行い、大名屋敷と農耕地による近世都市景観について検証した。最終年度には、引き続き松平不昧の松江藩松平家下屋敷大崎苑を中心に、陸奥仙台藩伊達家下屋敷の袖ヶ崎屋敷や、備前岡山藩池田家下屋敷の大崎屋敷、また、槍ヶ崎の新富士を描いた錦絵などの絵画史料も参照し、目黒川河口域を中心とする景観復元の詳細を進めていった。その結果からは改めて、江戸において、大名屋敷群と水耕農業地が、景観形成に影響を与えた点、それらによって、特徴的な景観が構成された点なども見いだすことができた。また、これらの情報を持ちに製作した3DCGモデルを表示できるシステムをタブレットPCに構築し、MSASやみちびきなどの準天頂衛星による地理情報と接続し、現在での御殿山からの眺めから、当時の景観を重ねてリアルタイム表示を実現し、その景観変化についての考察を行った。 近世都市景観研究において、現在の地勢と比較しながらその成立を考察し、近世江戸において地形と政治的体制との関係から生み出された景観と江戸の自然を利用した都市デザインとして今後の東京の都市景観デザインへの活用の課題として考えることができるであろう。
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