研究課題/領域番号 |
26370139
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研究機関 | 慶應義塾大学 |
研究代表者 |
望月 典子 慶應義塾大学, 文学部(三田), 講師(非常勤) (40449020)
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研究期間 (年度) |
2014-04-01 – 2018-03-31
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キーワード | 17世紀フランス美術 / 古典主義 / 古代美術 / ラファエッロ / プッサン / 受容史 / 「芸術家」表象 |
研究実績の概要 |
17世紀フランス美術は、古典古代と盛期ルネサンスの伝統を墨守する「古典主義」様式を示したが、同時に美術制度の革新と自由化が実現され、理念上の価値の多様化が生じた時代でもあった。本研究は、17世紀フランス美術が理想のモデルとして掲げた古代美術、ラファエッロ、プッサンの「三者」について、当時の美術の受容者たちが作り出した「三者」の社会的表象と、「三者」間の評価のバランスと揺らぎに注目し、17世紀「古典主義」時代の美術を取り巻く制度や理念上での革新を、模範となる「芸術家」像の受容史から読みとくことを目的としている。3年度は、1. 前年度に引続き、「三者」の評価およびそれらの関係についてのテキスト分析を行い (ローマのアカデミー・ド・フランスに関する資料を含む)、2. プッサンがパリで制作した祭壇画およびローマから母国に送った作品、特に近年注目されているリヨンの絵画収集家のために描いた作品を分析した。こうした作品と活動は、プッサンの母国での評価を左右する重要な役割を果たすものである。3. 「三者」の対置モデルのひとつとしてルーベンスの作品を調査し、4. 1640年以降にパリで活躍した画家たちに見る「三者」の受容のあり方を検討した。1については、前年度からのテキスト分析を継続した。2についてはプッサンがルイ13世の注文で制作した《聖体の秘蹟の創設》に関する成果を論文で発表すると同時に仏語での口頭発表を行い、またリヨンでの調査を実施して、端緒となる成果を口頭発表した。3に関しては、ルーヴル、リヨン、リール各美術館に所蔵されているルーベンス作品の現地調査を行った。4は、パリ派 (アティシスム) の画家たちやシャルル・ル・ブラン、ピエール・ミニャールの作品をプッサン、ラファエッロ、古代美術との関連から考察し、成果の一部を著作に反映させた。以上により2年度の研究をさらに展開することができた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
17世紀フランス美術の理想的モデルであった古代美術・ラファエッロ・プッサンという「三者」間の評価のバランスと揺らぎは、様々な価値観の推移と連動しているはずである。本研究は、17世紀「古典主義」時代の美術を取り巻く制度や理念上での革新を、模範となる「芸術家」像の受容史から読みとくことを目的とし、3年度は、前年度に引続き、テキスト分析と実作品の分析、財産目録類を基にした「三者」およびその対置的モデルとなるルーベンスの作品調査、および、17世紀当時、プッサンと作品を実際に比較されたカラヴァッジェスキ、ヴァランタン・ド・ブーローニュの展覧会 (2017、ルーヴル美術館) での作品調査を行なった。テキスト分析については、ルーベンスを模範としたロジェ・ド・ピールの言説、ローマのアカデミー・ド・フランスに関する資料などを分析に加えた。海外調査は、パリ、リヨン、リールで実施した。パリ、リヨンでの資料調査のほか、リヨン美術館、リール美術館に所蔵されているルーベンスおよび17世紀フランス絵画の実地調査を行い、成果に反映させた。研究発表実績として、前年度に口頭発表したプッサン作《聖体の秘跡の創設》について、ラファエッロとの関係を含む新知見を論文として発表し、同時に仏語での口頭発表を行った。前年度から継続しているパリ派の画家やP. ミニャールについての調査結果、また、初年度以来続けている王立絵画彫刻アカデミーの講演会録や色彩論争に関する分析結果を今年度刊行した著作に取り入れた。さらにテキスト分析から得た知見を基に、プッサンがリヨンの美術愛好家のために制作した作品に関する口頭発表を行った。この作品は後にルイ14世の所有となり、アカデミーでも古代、ラファエッロと比較して高く評価された作品である。後のド・ピールの理論と対照的な価値判断も見出せる点で興味深い。以上、概ね予定どおりに進捗していると言える。
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今後の研究の推進方策 |
最終年度の研究としては、1. テキスト分析の総まとめを行い、時間軸と発言者の立場に沿って、古代美術、ラファエッロ、プッサンの評価の力関係を再構築し、伝統 (モデル) の揺らぎから、いかに新たな言説が生まれていくのかを明確化する。2. プッサンに私淑したシャルル・ル・ブランに見るルーベンス的要素や、アカデミーの色彩論争ではル・ブランと敵対する形で「色彩派」につくものの、実際の作品はラファエッロからの影響を濃厚に受けているミニャールに関して、美学的な面のみならず、社会的立場や政治上の思惑からの分析も行う。3. 3年度から着手しているローマのアカデミー・ド・フランスに関する精査を継続する。この組織は、コルベールの提唱により設立されたもので、ローマにあるラファエッロを含む巨匠たちの絵画の模写と古代彫刻の複製を責務とする組織であり、芸術における当時のローマの優位を公的に示すと同時に、パリ優位へのシフトの始まりを期するものでもあった。そうした逆転劇に、ローマで活躍した「フランス人の」国際画家プッサンが、格好の理想的「芸術家」となり得たであろうことを提示する。4. 母国に送られたプッサンの作品に対する評価の分析をさらに進め、個別成果を順次発表する。5. 「三者」の対置的モデルと検討してきたカラヴァッジョとカラヴァッジェスキ、ヴェネツィア派そしてルーベンスに関する調査結果を合わせ、研究全体を統括する報告書の作成を進める。最終報告書を作成していく上で、追加・補足の必要が生じた資料および作品の調査を実施するため、パリでの調査を予定している。
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