本研究は、観相学という知の体系が絵物語という新しいメディアによる語りのしくみをどのように生み出すに至ったかを、18世紀の物語芸術における実践的・理論的展開を手がかりとして解明することを目標とした。具体的には、①「内面を映し出す顔」と「作法・演技としての顔」という、相反する顔表現(表情)への関心が絵物語にどう生かされたか、②19世紀前半のスイスで独自の絵物語を刊行したR.テプフェールの実践が、観相学に関する知の体系をどのように生かしたのか、19世紀以降のストーリー漫画の技法にその成果は継承されたのかどうか、という2点を明らかにすることを主要な目的とした。 平成28年度は、前年に着手した問題、すなわち絵と文の並置された語りにおいて、内面を映し出すとともに隠蔽もする顔の絵がどのような役割を果たすかということを、物語論の枠組みから考察した研究成果を共著において刊行し、口頭発表も行った。 また、観相学と「文明の作法」(N.エリアス)双方への関心が融合した人物表象の実例として、テプフェール作品『クレパンさん』(1837)の翻訳・解題をおさめた復刻版を作成した。 研究期間の1、2年目においては、観相学の適用領域として美術、演劇、舞踊を重視していたが、物語る行為における「内面を映し、隠蔽する顔」図像の活用は、小説の語りの技法の歴史とも深い関連があることに気づき、最終年度にかけては若干の軌道修正を行った。このことは、ストーリー漫画の歴史的展開を今後も継続して考察していくための大きな足がかりとなった。
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