1年目、2年目の研究が計画通りに進められたうえ、当初の予想を上回る成果が得られたため、3年にわたり計画された本研究の最終年度においては、前年度の研究実施状況報告書に明記した「今後の研究の推進方策」にしたがい、国内作業と国外作業の目的を明確に絞ったうえで、研究の集大成を図った。具体的には、国内作業としてフルッサー・アルヒーフで収集した膨大な資料を基に、フルッサー思想がもつ独創性を、ビットを古典的な「形象」として分類したうえで、コンピューターが人類にもたらす可能性を、一方では線形文字に支配されてきた近代の歴史的指向から逃れうるものとして積極的に評価しながらも、人工知能が席巻する未来に人類がロボットの奴隷と化す運命を避けるために、人類の「労働」から「遊び」へのパラダイム転換が喫緊の課題であることをテーマに、2本の論文を執筆しそれを刊行した。 国外作業としては、フルッサーが示した、歴史的直線的思考から解き放たれる可能性を秘めた形象による円環的思考を、芸術的に実践した場として、ミュンスター市にある、レベッカ・ホルンのインスタレーション『反時計回りのコンサート』に焦点を絞り、ツヴィンガー牢獄に設置されたこの芸術作品の数奇な成り立ちと、その場に立つことで実際に体験しえた円環思考を、そこに「投企」された日本人の立場から記述する可能性を見いだした。具体的には、廃墟の状態で保たれたツヴィンガー牢獄の渦巻き状の薄暗い通路を反時計回りに歩くなかで、いたるところから聞こえてくる小さなハンマーが壁を叩く音が、まさにホルンが意図した、訪れるものの思考を、20世紀のゲシュタポによる拷問から、17世紀の再洗礼派の処刑、18世紀の刑務所での懲罰行為等へと「円環的」に飛び回らせる格好の舞台装置として作用することを体験しえたことから、哲学的思索と芸術作品の密着した記述という、新たな研究課題が見いだせた。
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