研究課題/領域番号 |
26370174
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研究機関 | 東海大学 |
研究代表者 |
乾 淑子 東海大学, 国際文化学部, 教授 (40183008)
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研究期間 (年度) |
2014-04-01 – 2017-03-31
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キーワード | 錦絵 / 明治 / フェミニズム / 女子教育 / 文明開化 / 服飾 |
研究実績の概要 |
錦絵・浮世絵については非常に多くの研究が蓄積されているにも拘わらず、本課題において最も重要な作家である楊州周延については作家論的にも作品論的にも、研究の蓄積が十分ではない。更に申請者は美術史学徒ではあるが錦絵の専門家ではなかったため、まず基本的な錦絵全般に関する知識を獲得する必要があった。その点についてはそれなりに勉めたのは事実であるが、その結果が外から見て満足のいくレベルであるか否かは不明である。ただ明治期に出版された作者不明な錦絵の一部については顔の表現などから周延かと思われる作例も発見したが、それを研究資料のなかに含めるかについては未だ決定しがたい。 管見の限りではこれまで試みられてこなかった周延の美人画をフェミニズムの観点から考察する「楊州周延はフェミニストか?」というタイトルで北海道芸術学会で研究発表をおこなった所、「実証的で興味深い」という評価を得た。ただ、発表の中で用いた申請者にとっては当然と考えていたいくつかの概念について質問が連続し、それらの質問の多くが若い女性研究者たちからであった。理解はあまり深くないがこの分野への関心が潜在的に広いことが確認された。 また周延がフェミニズムを培った契機の一つであると考えられる、明治19年に挿絵を描いた改進新聞に連載された小説ついて調べた。小説の内容は婦人参政権運動と関わりの深いテーマであり、特に政治的ではないと思われる周延ではあるが、錦絵という媒体がそもそも新聞と関わりの深いものであるから、彼が当時のフェミニズム的な流れに触れるのは当然であったことが了解された。ただそれを彼自身の内面でどのように消化したかを探ることが今後の課題の一つである。 更に周延の得意テーマの一つである開化絵を見ると、他の絵師との相互の影響関係が明白である。申請時に問題とした水野年方以外の同時代の絵師(吟光など)との比較研究も必要であると感じた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
明治期のジェンダーを表現するものとしての服飾が非常に簡明な形で錦絵になったと考えられる楊州周延の「現世佳人集」という作品についての分析が本研究の目的の一つである。その意味では、申請時にはまだ未分明であったいくつかの要素を取り上げて調べることができたので順調に進展していると考える。 特に服飾については、「現世佳人集」が出版された明治23年という女子教育の形が定まらない時期であること、文明開化による洋風化から国風への揺り戻しの時期であることなどが、袴の形、洋装などのそれぞれについて観察される。この点についてはまだ発表してないが、近日中に機会を求める予定である。女子教育と服装との関連は従来、考えられていた以上に重要であり、これを単なる風俗の問題とするのではなく、思想の表象としてとらえ直す必要があろう。 また明治期の錦絵全般についても、その思想的な背景をより深く考えてもよいと思われる。新聞という尖ったメディアを用いての政治状況への申し立てではなく、錦絵というソフトな形での意思表示を大衆が受容したことの意味を考えてもよいのではないだろうか。 例えば文明開化における洋風化と国風への揺り戻し、女子教育への憧れと反発については、これまでも研究されてきたが、錦絵の表現として見れば、その実数はそれほど大きく変化する訳ではない。この辺りの言論と大衆的な受容との関係についてもある程度の成果を入手しつつある。
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今後の研究の推進方策 |
上記の「研究実績の概要」と「現在までの達成度」に記したように、同時代の婦人参政権運動、女性教育などとの周延の関係、洋風化と国風化との相克と周延作品との関わり、同時代の絵師たちとの影響関係などを中心に調査と考察を進める。それぞれにバラバラな内容ではなく、緊密に絡み合った問題である。 また周延はそもそも維新においては幕府方につき敗軍として隠居させられた武士である。彼が明治新政府に対して批判的な視点を持っていても不思議ではない。彼のフェミニズムへの理解は、マイナーな立場から観察眼を磨いた結果とも考えられる。このような視点については実証ができるのかどうか自信がない部分もあるが、努力してみたい。 服飾については、和装に関する知識が薄くなっている現代の私たちには理解されないが、当時の社会では当然と考えられていた事柄が沢山ある。例えば、二枚襲、三枚襲の意味、縞や花模様などの模様が示すこと、半襟の色と文様、帯の格、裾の長短、袖の長さ、等々について、できるだけ詳細に叙述したい。美術史の基本である、そこに描かれてあるものの実際を言語化し、それを規定した社会的な背景を考察するという作業を綿密に繰り返すことから、不明な部分についても推測するよすがになるのではないだろうか。これについては着物界の長老的存在である木村孝氏の教えを請う。 ただし、あくまでも錦絵という文法の範疇での表現であることを忘れずに、斯界の先達からの教えを請うことを次年度の最大の課題とする。
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次年度使用額が生じた理由 |
明治のジェンダーを描いた錦絵、という大衆的なジェンダー意識受容に関する本研究課題においてはさまざまなメディアに表現された錦絵的な表現資料として襦袢もある。これは従来全く研究されてこなかった。楊州周延の美人画を描いた縮緬襦袢の存在が分かり、それを購入する予定であったが、かなりの高額であり、平成27年度の経費と併せて購入する予定であった。しかしそれが一足早く他に売れてしまったために、平成26年度の経費を全額使用できなかった。また、出張の予定について、多忙のために消化できなかった側面もあるが、それについてはある程度は国会図書館のデジタル資料で補うことができた。
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次年度使用額の使用計画 |
平成26年度の調査・研究発表などを通じて、他の研究者との交流・意見交換によって得るものの大きさ、および意外に多くの研究者がこのテーマに関心を持って下さることが判明した。そこで、平成27年度中に招待シンポジウムを実施する計画が持ち上がった。そのための経費(招待研究者の交通費、宿泊費、会場貸借費、資料等の印刷費、会場運営費など)が必要である。 また、もし上記のような明治の錦絵美人をモチーフとした襦袢を再び見つけることができれば、購入したい。
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