最終年度は、引き続き収集した『歌枕名寄』別本系の写本の資料の整理と考察を行った。二年度に調査した、池田玄斎筆『病間雑抄』中に記された『歌枕名寄』は刊本の系統を引くものであるが、そこには筆者の編集も加わっていたこと、さらに親本となった『歌枕名寄』は鶴岡大山在の田中万春所有のものであると判明した。 『歌枕名寄』の継承と変遷を解く鍵は萬葉歌であるが、仙覚の業績が浸透していない時期に成立した『歌枕名寄』所収の萬葉歌は非仙覚本系であり、失われた写本の訓点を伝えている可能性を論じた。小川靖彦編『萬葉写本学入門』では「中世名所歌集所収萬葉歌の価値」として中世の名所歌集所収の萬葉歌が仙覚本の流布する中で姿を消していった非仙覚本の流れを伝えている可能性について論じた。次に、萬葉歌の長歌は短歌に比して所収されることが少ないが、『歌枕名寄』は例外的に多く所収され、しかも漢字本文表記を多く含み、本文・訓ともに価値あることを「中世名所歌集にみる『萬葉集』長歌の享受と特質―細川本『歌枕名寄』を中心として」として論じた。さらに仮名表記の長歌についても漢字本文表記の萬葉歌と同様の結論が得られることを「『歌枕名寄』所収萬葉集仮名書長歌について―非仙覚本と仙覚本をつなぐもの― 」として論じた。 藤くすり文庫大同薬室文庫蔵『歌枕名寄』(二年度に翻刻)については、一部を「翻刻 「内藤薬文庫大同薬室文庫蔵『歌枕名寄』(上)」として発表し、併せて考察をほぼ終えた。国立歴史民俗博物館蔵田中穣本、新出資料三室戸寺本の翻刻を終え、その系統について明らかにした。 他に『歌枕名寄』より少し後に編纂された中世最大の類題歌集『夫木和歌抄』所収の萬葉歌について考察し、写本と刊本との間に大きな乖離が存在することなど「『夫木和歌抄』所収萬葉集長歌について」とし、万葉文化館委託共同研究「万葉集を訓んだ人々、人々が訓んだ万葉集」において発表した。
|