本研究は、万葉集仙覚校訂本の生成過程を、現在残る関係諸伝本を徹底的に調査し、分析することによって明らかにするというものである。万葉集仙覚校訂本の第一次本である寛元本の底本が片仮名訓本系統であるという申請者の学説は、仙覚本の奥書と矛盾する点があり、その点論証に障害があったが、昨年度の研究実績のうちの「美夫君志」誌発表の拙論などにより、仙覚自身の奥書に矛盾があり、仙覚が親行本(片仮名訓本系統)を底本として用いていたことを隠蔽しようとしていたことを論証し、寛元本の底本が片仮名訓本系統であることが確定した。 本年度は、仙覚寛元本の底本が片仮名訓本系統であるならば、その系統に属する現存の諸本(紀州本や広瀬本など)が、それ以前の忠兼本とどのようにつながるかの論証を行った。特に広瀬本の位置づけに力を注いだ。12月の日本女子大学のシンポジウムでは、以前から申請者の論で明らかになっている、広瀬本が、巻二十の一部が欠けているいわゆる「九十四首なき本」の系統である点を取り上げ、その事実を従来から知れられている忠兼本が同じ系統である点と関連づけ、忠兼本と広瀬本とがその点からも同一系統であることを論証した。また、2月刊行の「国文目白」所収の拙論では、広瀬本が、短歌は別提訓、長歌は傍訓という変則的な形式である点に着目して、この本が、長歌に訓がなかった平仮名訓の本を片仮名に変えた「雲居寺書写本」の姿を反映した本であることを論証した。 このことにより、『校本万葉集』(大正14年)以来長い間通説とされてきた仙覚校訂本の底本は平仮名訓本という学説は覆され、新たな系統関係の中で現存諸本を位置づけることができるようになった。
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