今年度も引き続き、『萬葉集』の長歌作品を中心に、Ⅰ【類歌・類句の再検討】とⅡ【中国詩文からの摂取についての検討】を行い、二点の成果を挙げ得た。 ① 大伴家持の長歌「橘歌」(巻18・4111~4112)について、Ⅰの観点から橘氏賜姓に際しての短歌形式の聖武天皇の賀歌(巻6・1009)を敷衍する内容であることを確認し、Ⅱの観点から、同歌が「橘頌」など中国詩賦の技法を積極的に取り入れ、橘によって橘氏を寓意する作品であることを明らかにした。その上で、同歌が、家持内部において聖武のことば(第13詔)をよりどころにして詠まれた作品であることを解析した。 ② 主にⅡの観点から、中国初唐の二流の通俗小説とされる『遊仙窟』の上代日本における受容のしかたを中心に考察した。『萬葉集』の散文部分或いは家持の和歌作品や『続日本紀』所収の表などの散文について、小説の伝奇性への興味はそれとして、一方で、その表現の通俗的類型性ゆえに『遊仙窟』が表現の実践的教科書として利用されたことを明らかにした。 他に、まだ気づかれていない『萬葉集』中の翻訳語ー-漢語を翻訳して成立した和語ー-についての指摘も行った。その過程、すなわち漢語と和語との対応についての検討を通して、鎌倉時代の僧仙覚による校訂以前の『萬葉集』のありようを知ることが、今日の萬葉学を相対化する視点を獲得する上で重要なことを提起した。
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