今年度も引き続き『萬葉集』の長歌作品を中心にⅠ【類歌・類句の再検討】とⅡ【中国詩文からの摂取についての検討】を行い、いくつかの成果を得た。 ①『萬葉集』前期の作品にさかのぼり、「藤原宮役民作歌」(1・50)の分析を行った。藤原宮の造営を具体的に描き、都に物資や貢上品や支配権が集中する様を表すことを通して、都が外部との関わりにおいて中心であることを詠むところに特色を有する歌であることを捉え、その描写の背後にうかがわれる中国詩文の知識が、『千字文』のような初学書を通して摂取定着していたであろうことを指摘した。 ②『萬葉集』後期、大伴家持の長歌「独居幄裏遥聞霍公鳥喧作歌」(18・4089)の中で、中国詩文に見える「心動」や「情動」に基づく翻訳語「心つごく」のあることを指摘し、さらに家持がその語を中国の詩論を典拠として用い、典拠に則して長歌全体の文脈も構成されていることを明らかにした。 ③前年の研究において、平安期の『萬葉集』長歌受容の解明が大きな課題であることを認識したため、それについての研究発表を行った。特に、廣瀬本と関わりの深い藤原定家において、建保期の『萬葉集』再発見の潮流の中で、新しい歌枕を発掘するために長歌に目を向け、先行する歌人による長歌表現の摂取を参考にしつつ、定家が直接『萬葉集』という書物に当たり直して表現の糧を得るとともに、訓も含めた『萬葉集』というテキストを新しい表現の拠り所としていたことを明らかにした。平安期の『萬葉集』長歌の受容についての研究は、平成29年度以降も、科研費基盤C「和歌史における後期萬葉長歌の特質とその展開」(17K02416)において継続する予定である。
|