研究課題/領域番号 |
26370237
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研究機関 | 鳥取大学 |
研究代表者 |
田中 仁 鳥取大学, 地域学部, 名誉教授 (80217067)
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研究期間 (年度) |
2014-04-01 – 2020-03-31
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キーワード | 近世京都商家 / 文事 / 文化交流 / 和歌 / 生活文化 |
研究実績の概要 |
2018年度は、(1)柏原正寿尼を中心とする柏原家・柏屋の人々の文事にかかわる調査の総括、(2)柏原家と婚姻によって結びついており、かつ文事にかかわる資料が洛東遺芳館に所蔵されている岸部、那波、吉田、北三井各家と柏原家との文化的な交流にかかわる調査の総括を試みた。 もう少し詳しく言えば、(1)は、柏原家・柏屋年譜を増補修正すること、そして、その年譜の中から近世期の柏原家の人々(初代三右衛門、法名浅真から、八代目孫左衛門、法名祐真とその妻涌、法名寿真まで)と柏屋に奉公した人々の、文事にかかわる動向を抄出し、それに関連する書籍、文書等の資料を整理することである。このような作業によって、近世京都商家の文事の実態を明らかにしようと努めた。(2)は、洛東遺芳館の所蔵品のうち、岸部、那波、吉田、北三井それぞれの家の文事を伝えるものを取り出し、それらと柏原家・柏屋の側の資料と照合することによって、文化的な交流の実態をさぐろうと努めた。 (1)(2)ともに、現在までに調査し得た所蔵品、資料についてはほぼ整理を終えた。その調査、整理によって、新たにわかったことがいくつかある。たとえば、正寿尼(第7代正寛の妻、実名延、法名正寿)の詠歌の延べ数(約25000首)、実数(約12000首)を確定することができ、その約半数(6000首余り)については詠作年次を推定することができた。また、柏原家の蔵書の形成に、五代目三右衛門、法名正覚の妻喜勢を通して、岸部家、中でも書家として名のある岸部成朶の関与があったことがわかった。しかし、【現在までの進捗状況】に記すように、柏原家・柏屋関係資料を収蔵している土蔵のうち、柏原家の人々の手許品を収める乾蔵の調査が中途でとどまっている。そのため柏原家・柏屋の文事と文化交流、正寿尼の文事と生活について考察するための基礎資料が、未だ確定しない状況である。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
4: 遅れている
理由
調査研究が遅れた理由は二つある。 一つは、洛東遺芳館の事情により、柏原家の人々が日常使用した品々を収めた土蔵(乾蔵)の収蔵品の出し入れに支障が生じ、調査が計画どおりに進まなかったことである。また、本研究とは別途に新たに開始された歴史と建築にかかわる調査によって、寺社、葬儀・法事、北三井家などにかかわる資料が見いだされたため、それらについて文事と文化交流研究の立場から検討するという、予定外の事態が生じたことも、研究遅延の理由である。 もう一つの理由は、柏原家の文事の中心に位置するものとして調査してきた柏原正寿尼(七代目当主正寛妻、実名延、法名正寿)の詠歌の整理が、予想以上に難航したことである。2018年度までに存在を確認し得た正寿尼詠は、延べ25000首ほどであるが、それらの歌は、正寿尼の師事した伴蒿蹊、加藤千蔭、香川景樹等によって添削され、多様に変容している。また、もとは同じ一首の歌が、備忘のため書き付けられた歌案控、師匠へ提出し加点・添削をうけるための詠草、その加点・添削をふまえて書き留められた歌帖、その他短冊、色紙等々といった様々な所へ、正寿尼自身の推敲や前記の師匠たちの添削を取り入れながら書き記されている。これらを整理し、詠歌の実数を確定し、その変容の跡をたどるために、予想以上に多くの時間を費やさねばならなかった。
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今後の研究の推進方策 |
乾蔵以外の場所に保管されている文事と文化交流にかかわる資料については、書籍の一部をのぞきほぼすべて調査を終え、その結果を柏原家・柏屋年譜に反映させることができている。しかし、【現在までの進捗状況】に記した乾蔵の調査が終わらなければ年譜も完成しない。また、文事・文化交流関係資料の調査も終了せず、調査研究の次の段階に進めない。 したがって、ます乾蔵保管資料の調査を確実に進めたい。昨年末、洛東遺芳館大丸克己館長と、乾蔵の調査につき打ち合わせを行った。その結果、所蔵品の出し入れに際し、大丸館長のほか洛東遺芳館関係者一人の手助けを得ることができることになったので、本年度中に、未調査のままになっている収蔵品全部に一通り目を通すところまは進みたいと思う。 また、現時点までに存在を確認できた正寿尼の歌案控、詠草、歌帖等に関しては、【研究実績の概要】に記したように、詠歌の延べ数と実数の確定、約半数については詠作年次の推定を終えた。推敲・添削による変容の過程、師匠の加点、批言等の整理も終えている。現在それらに基づき、正寿尼の最初の師であった伴蒿蹊の指導に関する報告を準備している。今後、乾蔵の調査結果を加えてこの報告を完成させ、つづいて師事の期間のもっとも長かった香川景樹の指導と、指導の基盤にある景樹の歌論、歌学について考察したい。そのほか、岸部家、那波家、吉田家、北三井家との文化交流、蔵書の形成過程等について、乾蔵の調査と並行しつつその成果を取り入れながら考察する予定である。
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次年度使用額が生じた理由 |
予定していた乾蔵の調査が、【現在までの進捗状況】に記した理由により停滞している。そのため洛東遺芳館への出張が予定より少なかったことが、次年度使用額が生じた理由である。2019年度は、【今後の研究の推進方策】に記したように、収蔵品の出し入れに助力を得られることになり調査進行の目処がたったので、出張旅費と、調査にともなって必要になるであろう「物品費」、「その他」に使用することを計画している。
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