第一に、室鳩巣が元禄15年の赤穂事件について論評した『赤穂義人録』に関する論考を発表した。本書は従来、いわゆる義士擁護派の立場から書かれたと位置づけられてきたが、鳩巣の思惑としては、一種の歴史書として中正な立場から記したものであったこと、またそれを中国・朝鮮といった東アジア漢字文化圏に向けて、意識的に発信するものであったことなどを明らかにした。 第二に、鳩巣の和文随筆『駿台随筆』(写本、内閣文庫蔵)について、前年度の巻1~2に続き、巻3~5の翻刻を自身のホームページ上に掲載・公開した。本書は鳩巣の数ある随筆のなかでも情報量が多く、彼の思想や伝記を考えるうえで有用なものである。広く研究者の利用に供することができた。 第三に、鳩巣が明代の教訓書『六諭衍義』を和訳した『六諭衍義大意』について、その諸本の書誌調査、およびその注釈書の書誌調査を行った。金沢市立玉川図書館、国立公文書館内閣文庫、東北大学狩野文庫、九州大学記録資料館九州文化史部門などである。また、『六諭衍義大意』の編述・流布において、この事業を主導した将軍徳川吉宗がどのような思惑をもち、どれくらい関与したのか、鳩巣の考え方とどのように違うのかなどの問題について論文を執筆した(掲載誌未定)。具体的には、『六諭衍義大意』の企画は、いわば国際規格的な倫理であった「六諭」を日本にも普及させようとする、吉宗のグローバルな文教ビジョンのもとに行われたこと、また本書の編述過程において、鳩巣はたびたび吉宗の意向についての不満を漏らしているが、それは両者の学問観・教育観の違いに根差していることなどを指摘した。
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