本研究は、18世紀後半から19世紀前半の様々な「他文化」を国内外に抱えこんだイギリス・ロマン主義の時代の文学が、他地域の文化・文学に接触し、変容し、新しい形態を生み出す過程を、グローバリゼーションの一つの形態と捉え、「影響」の問題を、文学空間の外部まで開いて総合的に考察する試みである。具体的には、ヨーロッパの植民地の拡大の中でのイギリス文学の受容、異なる文化圏、文字圏(ヨーロッパの中の「東方」である古代ギリシア文明も含む)への関心、19世紀半ば以降のヨーロッパの近代文明の受容によるアジアの「開化」における文学の役割などのテーマを、ロマン主義時代のホメロスの受容と変容、ロマン主義文学・文化の南半球、日本などでの受容と変容など、これまであまり論じられてこなかった地域に焦点をあてて考察した。その意義は、文学空間の中での詩人(小説家)と後代の詩人(小説家)の関係において考察される「影響」の問題を、いわゆる英文学の「正典」の中に閉じ込めず、異なる文化圏、文字圏への流入過程の考察も含めて、「協働」関係として再定義し、考察したことである。イギリス・ロマン主義の作品が、ヨーロッパを超えて持ち出された時の運び手と受取り手の関係とその役割、文学が他地域へと持ち出される時に必然的な変容、ヨーロッパ文化を前提としない、文字も異なる地域で新しい受容が行われる時の後継者の役割などを検討することで、きわめて現代的な問題が浮かび上がり、イギリス・ロマン主義が、多様な文化的背景、交渉を常に行う21世紀的な人文知にあり方に際めて有効なモデルな提示することができることを確認した。
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