本年度は、研究計画に従って、18世紀の環大西洋地域における英語文学の全体像を把握しつつ、未収集のものを中心に資料調査をおこなった。その過程で本研究に重要な示唆を与えてくれる作品群が発見された。すなわち “Obi” または “Three-Fingered Jack” という名で知られる物語群である。それは Jack Mansong という実在の人物を主人公とする。伝えられるところによると、彼は、ジャマイカのブルー・マウンテン地区を拠点として脱走奴隷のマルーンを率いて活動した。物語群の主要なプロットは、英国植民地ジャマイカにおいてこの人物が組織的に繰り返し行う反乱と、それを押さえ込み、首謀者である彼をとらえようとする植民地統治政府の側の戦いとして展開する。注目すべき点は、この人物を主人公とした物語が、散文の小説としてだけではなく、たとえば音楽を伴ったパントマイムなどの舞台作品として上演され、18世紀末からかなり人気をはくしたということである。しかもそれらは、白人の作家たちによってヨーロッパの白人の読者や観客たちに届けられた。これは同時代における黒人の表象がどのように流通したのかを解明するために、非常に重要な対象だと考えられる。本年度の調査の結果、この方面についての研究は必ずしも進んでいないことが判明したため、次年度の重要な研究対象としたい。また、コロニアリズムと直接に結びつけて論じることのできる西インド諸島を舞台とする文学作品とオリエントを舞台とする東方物語を比較することによって、これまでの奴隷物語に関する研究に新たな視点を導入するための研究は、昨年度から引き続き行われた。その過程で英国図書館での調査で発見された、両者が並列されたチャップブックのコレクションに基づいた分析研究の成果として、この観点をさらに展開して論文「『アラビアン・ナイト』とイギリス小説の勃興」を発表した。
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