本年度は、研究計画に従って、18世紀の環大西洋地域における英語文学の全体像を把握しつつ、未収集のものを中心に資料調査をおこなった。昨年度からの継続で、本研究に重要な示唆を与えてくれる作品群、すなわち“Obi”または“Three-Fingered Jack”という名で知られる物語群に関する研究をおこなった。このジャック・マンソングという実在の人物を主人公とする物語は、散文の小説としてだけではなく、たとえば音楽を伴ったパントマイムなどの舞台作品として上演され、18世紀末からかなり人気をはくし、白人の作家たちによってヨーロッパの白人の読者や観客たちに届けられた。これは同時代における黒人の表象がどのように流通したのかを解明するために、非常に重要な対象だと考えられる。また、本年度は、18世紀の英語圏の文学における最大の文人であるサミュエル・ジョンソンの召使いとして仕えたフランシス・バーバーに関する研究にも着手した。彼は1745年頃に黒人奴隷の子としてジャマイカで生まれた。彼は奴隷として1750年にロンドンを訪れ、キリスト教の洗礼を受ける。1752年にジョンソンの召使いになった彼は、何度かの不在を挟むものの主人が亡くなるまで仕え、遺産の相続人になる。彼の伝記的情報は必ずしも多いわけではなく、ジョンソンの伝記との関わりで記録されている情報を除けば、わずかに自筆の手紙などが残されているにすぎないが、時代を代表する巨人の傍らに黒人男性の「存在」が確かにあったことは、ジャマイカ植民地の情況、奴隷に対するキリスト教の洗礼、サマセット事件など奴隷貿易廃止運動につながる出来事、英海軍における黒人、ロンドンの黒人コミュニティ、アフリカにおけるキリスト教布教などの問題と結びつき、奴隷制度と植民地主義の歴史がこの時代に確かに刻印されていることを伝えるものとして重要であると考えられる。
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