研究課題/領域番号 |
26370284
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研究機関 | 山梨県立大学 |
研究代表者 |
伊藤 ゆかり 山梨県立大学, 国際政策学部, 准教授 (80223197)
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研究分担者 |
堀 真理子 青山学院大学, 経済学部, 教授 (50190228)
小菅 隼人 慶應義塾大学, 理工学部, 教授 (40248993)
常山 菜穂子 慶應義塾大学, 法学部, 教授 (00327686)
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研究期間 (年度) |
2014-04-01 – 2017-03-31
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キーワード | 演劇 / トラウマ / 大量虐殺 / 記憶 / 他者化 |
研究実績の概要 |
本研究は、英米演劇における大量死の系譜をたどりつつ、大量死の脅威に対して「記憶の記録装置」としての演劇が果たしてきた役割とその可能性を検証することを目的とする。平成26年度は研究の土台作りの年として、研究に対する共通意識を深めるために、基本的文献を読み込むための計3回の研究会を実施した。第二次世界大戦以降に上演された「世界の終わり」を描く演劇やパフォーマンスに関する論文、ホロコーストを題材とした戯曲集の序論などについて意見交換を行うことによって、大量虐殺に関連する演劇の系譜を整理した。さらに、文化的トラウマという視点から大量虐殺、テロ等を題材とした演劇・映画を論じる論文を精読した。 研究会をとおして浮かび上がったのは、想像を超えた出来事、言葉で表現できないものを演劇にすること、及びその検証に伴う困難である。ホロコーストや戦争、テロによる大量の死は、他者化、すなわちある集団の人々の苦しみを見ない、あるいは見えないものとすることから始まる。不可視であったものを想像し、しかも演劇として可視化することは、そもそも不可能なことと言えよう。しかし、それゆえにこそ、大量虐殺の記憶は、トラウマのように刻印として個々の演劇作品に残る。作品におけるそれらの痕跡を、表象および検証の困難を認識しつつ、研究することが大量虐殺の脅威の中に生きる我々にとって必須である。検証にあたっては、直接の研究対象である英米にとどまらない視点を、「グローバル」ではなく「惑星」からの視点としてもち、その視点と日本人としての観点とを結びつける必要性も、26年度の研究をとおして共有するにいたった。 27年度は、以上のような共通認識を深めつつ、シェイクスピア劇および19世紀以降の英米演劇における戦争の表象を分析する予定である。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
平成26年度は、研究メンバー間で今後の研究を進める上で必要な概念の共有を行うことができた。当初予定していたメンバー以外の研究者を招く機会をもつことはできなかったものの、メンバー同士の意見交換を重ね、研究テーマについて理解を深められたことは大きな収穫であった。また当初はテーマに関する作品のデータベースを作成する予定であったが、予想以上に膨大な作品が研究対象となることを鑑み、研究成果を反映する説明をつけた書目作成が望ましいと考えて、各人が研究対象とする作品の解題書目作成へと変更した。研究の方向性についてメンバー間で一致をみたからこそ、今後の研究のために必要な変更をすることができた。以上のことから、当初予定からの変更はあったが、遅れとは言えない。 さらに、研究のための共通認識に至るなかで、作品分析はもちろんのこと、大量死の問題を考えるためには、分野横断的な視点が必要であることをあらためて認識した。たとえば、大量虐殺がどのように始まったかという視点に対して、どのような影響が残ったかという視点もあり得る。演劇における戦争を分析する際、戦闘員と非戦闘員それぞれの死の意味を比較検証する必要もあろう。アメリカ演劇を論じるにあたっては、アメリカという国家が大量虐殺の行為者の側に立ってきた歴史と、それゆえに国内に大量虐殺の脅威がつねに存在することを忘れてはならない。くわえて、26年度は主として戦争による大量虐殺について考察したが、自然災害による大量死を描く演劇について、被災者と直接被災しなかった者が互いを他者化するという視点で分析する可能性もある。このように研究が新たな広がりへと展開する可能性を認識することができ、当初の計画どおり、研究に対する共通意識を深めたことから、研究達成度はおおむね順調と判断する。
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今後の研究の推進方策 |
平成27年度の前半は、基本的文献の精読と討論のための研究会を行う。研究会では、意識の共有にとどまらず、それぞれの研究対象となる作品を分析するための理論的構築をはかる。あわせて、研究グループ以外の研究者を迎えた会を実施する。27年度後半は個々の研究テーマをより深く追求するとともに、各人が分析または参照した作品から成る解題書目の作成を始める。 またメンバーのほぼ全員が8月末に青森市で実施される国際パフォーマンス・スタディーズ学会東北会議に参加を予定している。東北が実施会場であることから、東日本大震災以後のパフォーマンスを論じるパネル・ディスカッションが含まれる。この学会への参加を、26年度の研究会で論じられなかった災害による大量死について国内外の研究者とともに考察する貴重な機会としたい。 平成28年度は、当初の計画をほぼ踏襲し、2年間の研究を発信する年とする予定である。国内もしくは国際学会における研究発表あるいは公開シンポジウムを実施して研究のまとめとする。その際は最新の演劇状況および研究動向をとらえ、かつ本研究の出発点である、日本の研究者として大量死および大量虐殺に関して独自の視点を提示することを重要な課題としたい。とりわけ、平成27年が第二次世界大戦終了後70年という節目の年であることから、日本および欧米で多くの関連する劇、戯曲集、批評書が現れることが予想される。それらの演劇的成果を参照しつつ、新たな視点を世界へ発信できるような研究を進めることが必要である。また28年度も解題書目作成を続け、本研究の資料的価値を高めることもめざす。さらに、研究の最終的な成果を公開するために、解題書目を含めた論文集の公刊の準備を始める予定である。
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次年度使用額が生じた理由 |
平成26年度は、研究者を招いての研究会とデータベース作成を実施しなかったことにより、人件費・謝金と会議費を使用しなかった。研究参加メンバーによる研究の土台作りを中心としたため、参加メンバー以外の研究者を交えての研究会実施にはいたらなかった。また、研究テーマに関する作品のデータベース作成をとりやめたのは、大きな比重を占めると思われるホロコースト関連の劇について平成26年にマイアミ大学でデータベースが公開されたこと、さらに、多岐にわたる多くの作品が研究対象であるため、情報量よりも質を重視する解題書目作成の方が今後の研究に資することが大きいと判断したからである。そのほか必要書籍の精選に時間がかかり、備品購入費が若干残っている。
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次年度使用額の使用計画 |
研究対象が当初の予想以上に広範囲にわたり、入手すべき文献・映像資料が増えることが予想されるため、27年度に回った分は研究メンバー全員の備品購入費に当てる予定である。
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