研究課題/領域番号 |
26370300
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研究機関 | 関東学院大学 |
研究代表者 |
中村 友紀 関東学院大学, 経済学部, 准教授 (80529701)
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研究期間 (年度) |
2014-04-01 – 2017-03-31
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キーワード | 近代初期イングランド / 演劇 / 復讐劇 / セネカ悲劇 / 自己認識 / ルネサンス / パブリック圏 / シャリヴァリ |
研究実績の概要 |
「近代初期イングランド復讐劇による民衆心性の近代化への影響」のテーマで、16-17世紀イングランド復讐劇の各種表象のうちに、近代初期人の自己認識、振る舞い、近代的心性が内包する各種観念(社会についての観念、個人についての観念、パブリックとしてイメージする集団の観念)を分析し、復讐ドラマが集団受容経験をもたらす媒体として民衆心性に及ぼした影響を研究した。 2015年度は以下3つの問題点に取り組んだ。①イングランド演劇、中でもセネカ劇の翻案から発展した復讐劇ジャンルがパブリック圏としての役割を果たし、観衆を近代初期的な条件においてパブリックとなしたことを検証した。復讐劇ジャンルにおいて、セネカ劇という教養リソースは翻案・イギリス化され、あらゆる階層の人々に言語モデルやシンボル体系、倫理的・価値的スタンダードなどの文化資本として共有された。つまり演劇は階層縦断的なコミュニケーションのプラットフォームの役割を果たした。個人が階層を超えてコミュニケーションに参加したことで、近代的自意識が促された。②①で論じた近代初期イングランド演劇の特徴を、それ以前の西洋文明の中で顕著な発達を遂げた他の演劇文化(古代ギリシャ演劇と中世キリスト教演劇)との違いから検証した。特に、近代初期イングランド演劇が、劇場を近代的個人の集まる公共空間にしえた要因を分析した。また、日本の18世紀におけるパブリック圏との比較からも、イングランド演劇が果たした社会化機能を分析した。③復讐心性は演劇のみならず、シャリヴァリなどの集団行動にも顕著に見られる。復讐という行動様式の原理となっている個人の自己認識や権利意識が、なぜ演劇的行為に結びつくのかという問題を考察するため、シャリヴァリの演劇的心性を検証した。 以上3つの研究を3つの論文にまとめ、学会で口頭発表を行い、それぞれ学会誌等において成果として発表した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
近代初期イングランド復讐劇というジャンルの研究において、3カ年計画の途中経過ではあるが、複数の重要な文化史的諸要因との関連性に関して、当初の想定以上に広く展開することができている。特に、以下の3点に関して、多角的な検証を経て一定の結論といえるものに達した。①セネカ劇のイングランドにおける翻案の展開と、そのイングランド演劇への影響の検証。特に、法学院や大学という知の継承の機関と、劇場という受容のフォーラムとが創出した、教養の共有およびコミュニケーションのネットワークの影響。②復讐劇の特徴的表現の分析。特にホラー的なアブジェクシオンの表象の心性への作用。③娯楽やその他習俗的慣習などに見られる表象との関連性。以上の3つの問題点から、復讐劇作品やその他の史料において、復讐劇ジャンルの特徴的表現のうちに働く心性や倫理的原理、およびその集団受容の経験が個人の精神に促した自己認識を見出し検証した。 こうした研究の成果は、2015年度は国内学会で2回と国際学会で1回口頭発表として、また、、査読付きジャーナル2誌に2つの論文、査読なしの年報に1つの論文として発表した。
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今後の研究の推進方策 |
引き続き、復讐劇というジャンルに近代的個人の自己認識の表現を見出し、同時に、復讐劇の表現が刺激となって個人の内面に生じた自己認識、およびパブリックに参加して集団受容を経験することがもたらす自己認識についての研究を進める。具体的には、①復讐劇と共通するアブジェクシオンの作用をもたらす他の種類の集団的経験を比較対象とする。例えば、熊いじめなどの近代初期イングランドで流行した娯楽は、史料も多く存在し、民衆心性が顕著に可視化された現象である。この分析から、アブジェクシオンが反作用的に個人あるいは人間としての自己イメージの形成を促進した痕跡を見出す。②復讐劇において表現される個人イメージを、特に取り上げる。一方には正義と権利を追求する復讐者がおり、それが対峙するのがアブジェクシオンの擬人化のようなアンタゴニストである。共感しうる個人像と、最も忌避される反価値の象徴としての敵役の、表現そのものについても、その受容による美学的作用も検証する。 研究の成果は論文として公表する。学会などで口頭発表を行い、そののちジャーナルに投稿する。
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次年度使用額が生じた理由 |
研究成果物の出版に際して、資料として掲載した図版の版権使用料が予想より安価であったため、3065円余った。
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次年度使用額の使用計画 |
2015年度に使いきらなかった3065円は、2016年度の研究成果物としての論文に掲載する図版の版権使用料か、あるいは、図版や史料の写しを獲得する際の複写代にあてる予定である。
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