「近代初期イングランド復讐劇による民衆心性の近代化への影響」というテーマで、16-17世紀イングランド復讐劇の各種表象のうちに、近代初期人の自己認識、振る舞い、近代的心性が内包する各種観念(社会についての観念、個人についての観念、パブリックとしてイメージする集団の観念)を分析し、復讐ドラマが集団的受容経験をもたらす媒体として民衆心性に及ぼした影響を研究した。 2016年度は以下の3つの問題点に取り組み、一定の結論を得た。(1)近代初期イングランド復讐劇ジャンルの類型的人物造型である、tyrant(暴君)とvillain(悪漢、悪役)を、ジュリア・クリステヴァいうところのアブジェクトとして分析し、そのホラー的性質や、悪役イメージの社会的源泉を検証した。当時のイングランド社会にあった政治的危機意識が、イングランド復讐劇固有の暴君や悪漢という人間性逸脱の表象の源泉であるという結論に至った。(2)近代初期復讐劇の特徴である恐怖の表象には固有の文化的特徴が見られる。その恐怖表象をアブジェクシオンとして検証し、特に、民衆の娯楽や慣習に見られる恐怖のイメージとの間テクスト的関連付けにおいて検証した。(3)近代初期復讐劇の近代性は、特にキャラクタライゼイションにおける個人の概念の近代性に顕著に示されていると考え、プロタゴニストおよびアンタゴニストのキャラクタライゼイションを検証している。このキャラクタライゼイションの問題点は、本研究課題のさらに新たな展開として、2017年度に継続して分析を続ける予定であり、順次、国外の学会で発表することになっている。 復讐劇とは善悪などの倫理的価値が顕著な形で表現されるものである。復讐劇のステロタイプの各種表現に、近代初期あるいはルネサンスという文化や社会の転換期における人々の認識の変化の表現を見出し分析した。
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