本研究の目的は、フランスのスタール夫人が著した小説『コリンナ』に対して19世紀前半のイギリス人作家が示した様々な反応を読み解くことにより、女性の著名性をめぐる問題とイギリス人女性の自己形成・ナショナリズム形成をめぐる問題、およびそれらの関わりについて、その一端を明らかにすることである。本研究ではまずスタール夫人の『コリンナ』におけるヨーロッパ大陸諸国とイギリスの表象について分析し、次にイギリス人作家の著作中における「コリンナ」のモチーフについて調べた。その際、著作中に「コリンナ」のモチーフが見られるジューズベリー姉妹(Maria Jane JewsburyとGeraldine Jewsbury)とシャーロット・ブロンテを主に取り上げたが、必要に応じてほかのイギリス人作家についても調査し、特に「女性の公共圏をめぐる問題」と「女性のナショナリティ意識をめぐる問題」について分析・考察した。最終年度には、スタール夫人の『コリンナ』を露骨にパロディ化した『イングランドのコリンナ』や、ジェイン・オースティンの小説についても分析の対象とした。その結果、ヨーロッパ大陸女性との差別化のなかにイギリス人女性を位置づける態様が見られた一方で、大陸とイギリスを差別化しながらも大陸に魅了される様子や、ヨーロッパ大陸各国を差別化する動向など、複雑な様相が観察された。本研究によって、女性の「国民性(ナショナリティ)」意識形成がナショナリズムやコスモポリタニズム発現につながる過程をさぐる意義を認識するにいたった。
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