本研究の課題は、イギリスロマン主義を代表する詩人・批評家S.T.コールリッジの美的教育理念にみられる密教思想的な要素を明らかにすることにある。19年度中に出版予定の共著『ロマン主義の哲学―コウルリッジの思想と文学』(仮題、大石和欣編、東大出版)において、「「遊戯」を通して神を知る―超越論者の美的教育論」と題し、子どもたちの道徳的感情、ひいては信仰心を深める教育とは、「美しいものと喜び戯れる経験の日常的積み重ね」を重視するものであるべき、と強調するコールリッジの美的教育理念を、彼が影響を受けたカント、シェリングやシラーといったドイツ超越論的観念論者たちが芸術を生み出す想像力の「遊び」を分析することばと比較するかたちで説明した。 我々は理性による内省、個別化を求める一方で、他者との感覚的繋がりを求めるという、カントが「非社交的社交性」と呼ぶ複雑な本質ゆえに日々葛藤している。しかし同時に、あたかも突然の外から神秘的な力の導きによって、そのような絶え間ない内的葛藤に一瞬の美しい融和がもたらされたかのような絶対的な安らぎを体験できる、美的潜在能力も持ち合わせている。そのような潜在能力を理性の内的直観力で目覚めさせることを根幹におくコールリッジの教育理念には、『金剛頂経』を重視し、体験型の求聞持法修行を薦めた空海の教育論と通じるものがある。 空海も『即身成仏義』、『秘蔵宝鑰』、『般若心経秘鍵』、『性霊集「綜藝種智院式」』等において、内に向かう意識と外界にむかう感覚が生む意識との拮抗の中で、密教独自の「三密」や「法界力」の導きによって、我々の潜在能力が開花され、喜びに満ちた状態(歓喜地)を現世で体験できるようになることを強調する。当研究により、両者とも、超越論的思考によって他者と繋がることで、主体的体験のなかから普遍的な喜びを作りだせる我々の美的潜在能力を示そうとしたことが分かった。
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