本年度は平成28年度に引き続き研究の総括をおこなった。以前の研究結果と合わせて、島嶼作家のAlbert WendtやSia Figiel、さらにはマオリ作家のWiti IhimaeraとPatricia Graceの作品読解から、西洋に対するオセアニア的な主体と歴史背景の相関性を検証した。マオリの民族アイデンティティに密接に関わる土地が西洋からの植民者によって蹂躙された事実が、現代マオリ作品の代表的なテーマとなっているばかりではなく、政治、社会的な運動とも相互補完的に連動していることを確認した。その一方で、島嶼作家の2000年代以降の作品には、西洋植民地主義の歴史からは一定の距離を取り、植民地主義の被害者としてではなく、現代を生きる人間として村などの狭い領域で主体のあり方を問い直すものが散見される。すなわち、近年の太平洋文学(ひいては太平洋学)は植民地主義の歴史のアンチテーゼとしての新しいオセアニア世界という旗頭のもとに展開した運動から、地方として確立されたオセアニアにおける個別性の探究という新しい局面に入ったともいえる。こうした動向の社会的背景を検証するために、ニュージーランドのオークランド大学において地元新聞の記事のマイクロフィルムを収集・読解した。なかでも1970年代から90年代にかけての島嶼作家やマオリ作家についての新聞書評は、作品の同時代性を同定する上で重要である。前年度はR. L. StevensonとAlbert Wendtとの相関性というトピックで学会発表をしたが、今年度はEplei Hau’ofaが提示する地方としての太平洋性を、平成29年10月の第69回日本英文学会中部支部大会シンポジウム「人新世への文学的応答」のパネリストの一人として発表した。目下、その成果を論文にまとめている。
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