本研究では、ウガンダで書かれている「メモリーブック」を例に、草の根の文学のあり方について考察した。「メモリーブック」とは、HIVとともに生きる親が、子どもに宛てて、家族の慣習、子どもの生い立ち、親自身の半生を記す小冊子である。作者の大半は、初等教育を修了したかしないかという程度の農婦である。自分では書けないため、口述して支援者に筆記してもらう人もいる。研究代表者は、研究期間中に2回ウガンダで現地調査を行い、書き手や活動家に話を聞くとともに、メモリーブックを収集してテキスト分析を行った。最終年度は、研究成果を30年度に単著として発表するための原稿を執筆した。調査と執筆を通して、以下のことが明らかになった。 メモリーブックは大きく三つに分けられる。(1)村の日常生活が素朴な言葉で書かれたもの。エイズの苦しみなどはあまり書かれず、むしろ、家族で団欒し、畑仕事をし、教会や社会活動で仲間たちと集う日常が書かれる。(2)病の苦しみや家族の軋轢などが、不十分ながら記述のなかにつなぎとめられているもの。苦悩の片鱗はうかがわせるものの、内面を掘り下げる描写は不十分。(3)内面の苦悩に言葉が与えられているもの。10年以上の学校教育を受けている者は、このタイプのものを書く。 タイプ1と2は、一読して平板な印象を与えるが、複数のテクストを横断的に読み、共通項を整理すると、村の美しい日常生活が浮かび上がる。農村の日常が、農婦自身の言葉で書かれていることは、草の根の文学としてのメモリーブックの大きな特長である。本研究では、横断的に読む、写真と文章を併せて読むなど、文章表現が不十分なテクストを読む方法を実践的に示した点でも意義深い。 一方で、タイプ3で克明に記されるエイズの苦悩は、西洋化された書き手に特異なものではなく、タイプ2にも片鱗が見える。
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