研究課題/領域番号 |
26370326
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研究機関 | 杏林大学 |
研究代表者 |
高木 眞佐子 杏林大学, 外国語学部, 教授 (60348620)
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研究期間 (年度) |
2014-04-01 – 2018-03-31
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キーワード | William Caxton / Huntington HM136写本 / casting-off mark / Prose _Brut_ / インキュナビラ / 年代記 / 活版印刷 / イングランド |
研究実績の概要 |
本研究を行うためにもっとも重要と位置付けていたcasting-off marksの採取をバチカン図書館で行うことができた。これにより、Vat. lat. 11441とハンティントン図書館のHM136写本の印刷工程の比較をする素地は整った。ところが、見かけ上の共通項は研究者の予測以上に少ないもので、計画していたように、精細な画像での見かけ上の比較により両者の印刷工程に何らかの共通項をあぶり出せるであろうという予想は裏切られる結果となった。 しかし両者の校訂順序を細かく比較した結果、見かけ上の違いとは裏腹に、ページ割付の順番は各丁合ごとに行われていたに違いないこと、1ページと16ページ、2ページと15ページ(Vat. lat. 11441の場合は1ページと20ページ、2ページと19ページ・・・)を同時に割り付けるという方法も両者で共通して採用されていたに違いないことは確認できた。ただし、丁合ごとの区切り目もその前のcasting-offの具合を見ながら微妙に調整していたかどうかは未だ不明である。また、両面印刷のために乾かす時間が必要であったため、版組をする順序が前後した可能性があるかどうかもはっきりはしなかった。大量の紙を必要とする印刷において、ページ割付が極めて重要であったという事実はこの調査を通じて得られた最大の収穫である。 総じていえば、casting-off markはその写本が印刷本の底本として使われたものである事実を如実に示す証拠として重要ではあるものの、そのものを精査しても出てくる証拠は限定的なものであった。研究者はHM136写本の成立から印刷までの過程をVat. lat. 11441を通じて論じることは極めて厳しいという結論に達したため、今後はHM136写本単独の研究に立ち返り、年代記の集大成をキャクストンが成し遂げたという見地から多角的に論じていく。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
上記に示したように、casting-off markを中心とした本研究の方向性は大きく転換しなければならないことが明らかとなった。ただこのプロセスを経なければ次に進むべき方向は得られなかったことから、この経験は必要な貴重な糧として引き続き本研究に活かしていきたい。 ただしHM136写本が果たして本当にキャクストン版の底本であったかという問題については、研究者が前回の課題で既に概略部分は論文の形にしてあるから、成立から印刷までの過程を論じるにあたって大きな問題はない。論文を書くために必要な資料は既に整っているから、後は確認のために現物に一度当たれば充分である。
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今後の研究の推進方策 |
既に明らかにしたように、論文の中心主題はcasting-off marksではなくなった。新たに中心となるのは言語の問題となる。印刷においてキャクストンの意向がどの程度反映され、意図的・無意識的にテキストの改変が起きたのかという問題である。 Mathesonの研究の中で扱われていたthe common versionのsubgroup(c)というカテゴリーのHM136がなぜ選ばれたのかという問題、次に、キャクストン版に存在してHM136の最後に欠けている1422年以降の記述がキャクストン自身の手によるものなのかという確認をする。これにはキャクストン言語の研究を援用し、特に中尾祐治氏の博士論文を扱う。いわゆるCaxtonian dictionの問題、接尾辞の使用の問題など、ポイントごとに分けて氏の議論を発展させていきたい。 中尾氏はキャクストン言語には明るいが、幸いHM136とキャクストン版(1480)の言語比較はまだ研究をなされてはおられない。中尾論文の検証という意味でも意義のある研究となることが予想される。HM136写本の内容であるProse _Brut_の言語はもともとがキャクストンの使用していた地域の言語に似ているため差異は少ないが、その分改変部分を明らかにすることにより、何がキャクストン工房の選択であったかがいっそうはっきりと浮き彫りになることが予想される。
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次年度使用額が生じた理由 |
Vat. lat. 11441写本のcasting-off mark採取により思うような研究成果が得られなかったため、基本的にはファクシミリ版に頼っているHM136研究を補強するためにカリフォルニア州ハンティントン図書館に再度の来訪をし、写本に実際に当たって研究結果を確実にする必要がある。 この研究に必要な基本的な素材は既に研究者の研究室に揃っているが、ファクシミリ版には印刷が不鮮明な箇所などもありやはり現物を見てかすれや汚れの部分を確認する必要がある。今年度の支出はHM136写本の成立から印刷までをまとめるために必要な最終確認のための渡航費用に基本的に充当する予定である。
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次年度使用額の使用計画 |
渡航機関は2018年1月から3月までの間。上述した通り、ハンティントン図書館までの渡航費用として主に充当する予定である。
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