研究課題/領域番号 |
26370338
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研究機関 | 立教大学 |
研究代表者 |
新田 啓子 立教大学, 文学部, 教授 (40323737)
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研究期間 (年度) |
2014-04-01 – 2018-03-31
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キーワード | William Faulkner / 森鴎外 / 自警暴力 / 名誉 / 恥 / Prince / Zora Neale Hurston |
研究実績の概要 |
研究3年目に入った28年度には、比較文学的な課題に着手した27年度後半より継続中の「第二期文献研究」を完了した。日本文学における「正義の暴力」の表象と、社会的・歴史的な文脈との具体的関連性を把捉するためにもっぱら研究を進めたのは、森鴎外の史伝である。他方でWilliam Faulknerの作品群の研究を続けることで、これらを比較学的主題に練り上げ、考察を進めた。この成果は、平成29年度におけるウィリアム・フォークナー協会全国大会シンポジウムに持ち越されるが、ある種の暴力肯定倫理が、「恥」という情動ならびに「名誉」という文化的価値に誘発されるという現象を概念化する方向で、研究を遂行するに至っている。こうした要因は、一見前近代的と目されるものに違いないが、Faulknerと鴎外という、近代の周縁において近代の推力に意識的であった作家が、何故にそのようなモティーフを選んで創作を試みたのか――本研究の最終年度である29年度には、この問いに対するひとつの思考の成果をまとめたいと思う。 それと同時に、28年度には、こうした比較論的考察をジャンル間ならびに社会論にも拡げることを試みた。自警暴力や私的権力の行使は、多くの場合実際の脅威ではなく、異民族や異文化に対する憎悪の感情に由来しているということが、Richard Maxwell Brown, Richard Hofstadterなどによる思想史研究でもすでに明らかにされている。そして大衆文化領域にも、そのような原理に対する優れた直観から創作活動をしているアーティストは多く、米国においてはマイノリティを中心とした芸術家たちが、社会的抵抗運動を率いる例が数多く見られてきた。その一例たる人物として、プリンスという黒人ポピュラー音楽家がいるが、同年度には複数の専門誌に、彼が行なった自警暴力への批判的取り組みについて、論考を執筆するに至った。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
当初意図した方法論および研究の順序や計画を変更することなく、成果をあげることができている。 もっとも、当初の計画では、ことに大衆文化に関する研究は武術映画における暴力表象の変遷を核として、1970年代のブラックスプロイテーション映画論の執筆に着手する予定であったが、論文を公開した専門誌の編集者と協議した結果、より社会的関心が高く、火急的な検討を必要としている「ブラック・ライヴズ・マター」という、自警団員・警察官によるマイノリティ市民への暴力に抵抗する運動について、執筆することを優先した。その運動のアメリカ社会における意味に関する分析は、オバマからトランプへと政権を移行させた米国の政治文化研究の射程からも行われ、論文として刊行された。とはいえ、当初公開を計画していた研究主題(武術映画)についても執筆そのものは続けられ、次年度中にイギリスの学術誌において活字化することが決まっている。
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今後の研究の推進方策 |
本研究最終年度にあたる平成29年度は、成果発表と研究総括の年となる。過去3年の間、本研究では、自警暴力や私的権力の行使が文学や文化作品にどう記録されてきたかを検証してきた。この間解明を進めた数々の表象や思想的含蓄に対し、さしあたりの人文学的評価を下すことが、本研究の究極の目標となっている。すでに5月にはイギリスにおいて、10月には日本において開催されるシンポジウムで招待発表が決まっているので、個々のテーマで口頭発表すると同時に、年度内での学会誌投稿を行うこととなる。 「現在までの進捗状況」で説明したように、諸事検討の結果、申請当初に意図していた発表順が入れ替わって活字化した論文が存在するが、本研究で予定した課題への取り組みは、大筋においては変更なく達成された。平成29年は、国内、国外においてその成果をできるだけ多く公開することに努力を重ねたい。アメリカ文学・文化作品に刻まれた暴力の意味は、すでにおびただしい先行研究によって解明されてきた。そうした学問的蓄積の恩恵を受けつつ、本研究にもなお独自の貢献を果たす余地が残されているとするならば、それは、学術界・日常世界の両方において長らく根強い共感を集め、いきおい批判の困難であった「自衛」概念の問題性を主題化している点であろう。人文学は、たとえ抵抗の手段であれ、暴力や武力を軽々しく正当化することを謹んできた。そうした知的痕跡を具体的作品からつかみ出すことにより、人文学を基盤とした暴力論の今後についても展望を示したい。
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次年度使用額が生じた理由 |
平成29年度に刊行予定の英語論文を完成したが、このために英文校閲費や入稿雑費として20万円の予算を計上していた。しかしながら、それはすべて版元のOxford UPにより負担されることとなった。加えて、円高のため、当初予定した金額より図書費が安価となった。
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次年度使用額の使用計画 |
国内外における成果発表のための出張旅費ならびに海外の雑誌に投稿する論文の校閲費・投稿雑費として有効活用する予定である。
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