研究課題/領域番号 |
26370345
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研究機関 | 立命館大学 |
研究代表者 |
ウェルズ 恵子 立命館大学, 文学部, 教授 (30206627)
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研究期間 (年度) |
2014-04-01 – 2018-03-31
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キーワード | ヴァナキュラー文化 / 歌詞 / 物語 / 移民と文化 / 東欧 / アメリカ / ユダヤ人 / ミュージカル |
研究実績の概要 |
本研究は、1880-1930 年代にアメリカ合衆国の都市へ移住したヨーロッパ系移民が伝えた口承文化を調査、分析することを当初の目的としている。物語に重点を置き、自己形成に影響のあった言語文化のフォーミュラに軸足をおく語りの行為が、労働者層移民のアメリカ経験とどう関わっているかを明らかにしようとする。そこで、この時期大量に流入した東欧系の移民と、アメリカ文化に特色ある影響を残した南欧系の移民に注目する計画を立てた。そのため、2014年度はハンガリー、ポーランド、イタリアを中心に当地の言語文化・音楽文化的特徴を探り、アメリカ文化への影響を読み取ろうと努力した。 その結果明らかになったことは、英語を母語としないこれらの国からやってきた移民の文化は、アメリカにいる文化享受者の期待と比較的容易に融合して(祖国の文化を忘却したふりをして)、新たな文化創造の種子になるということである。また、表現行為において言語の果たす比重は、ダンスや絵画、音楽などの非言語表現と同じかそれそれよりも軽いところで、むしろ凝縮した力を発揮したといえる。 したがって、独自の語りにつながる言語表現は文化遺産としては見つけにくく、アメリカ文化を概観しても表現者自身ないしは祖先のヨーロッパ系出身文化の影響は見て取りにくい。影響が洞察できた場合でも、伝播力のある生きた伝統とは指摘しにくい。象徴的なのは、表現者の氏名がアメリカに同化しやすいよう変えられている例が多いことで、表現者の基盤文化がどの辺にあるかは多くの場合推測の域を出ない。 しかしながら、アメリカ文化が独自性を増した19世紀後半から20世紀前半にかけてアメリカの都市で文化的に活躍した人々には移民二世が多く、彼らの表現には親世代の移民一世を通して追体験された旧大陸における集団的記憶が反映している。この点は、いくつかの根拠をもとに推論できる
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
アメリカにおける都市移民の口承文化に関して、ひとつの強力な推論にたどり着けたことは前年度の大きな収穫であった。その推論とは、次のようなものである。 送り出し国で負のプッシュ要因を受けて移民してきた人々は、過去の記憶を子供たちに引き継ごうとしないため、言語的には意図的な文化伝承はされにくい。しかし集団的記憶は、移民一世と二世の日常的なかかわりやアメリカ合衆国に対する一世の肯定的な感情を通して、間接的に伝播される。また、英語を母語としない東欧からの移民は、より単純な言葉でより直接的な感情を、よりわかりやすい物語形式によって表現する技術を磨いていったと思われる。 アメリカのミュージカルが、アメリカ大衆のみならず世界各国で愛されるようになった理由には、言語表現がよりわかりやすく直接的であることが挙げられる。また、19世紀末から20世紀初頭にかけての東欧・ロシアの政治的混乱やユダヤ人の厳しい経験は、表現者がそれを取り扱うことを意識的に回避しつも作品や歌のテーマに少なからぬ影響を与えている。すなわち、この背景が、当時のミュージカルにわかりやすい光と影のシナリオを用意したのである。
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今後の研究の推進方策 |
14年度中の研究結果を踏まえ、本研究の今後の方向性は、移民二世世代の言語文化表現者、特にニューヨークで人気を博したミュージカルの作詞者に焦点をあてる。ミュージカルの既存研究においては、演劇面と音楽面は詳しく研究されてきたにもかかわらず、作詞者の存在はほとんど無視されてきたといっていい。しかし流行歌の歌詞は時代の雰囲気を如実に反映し、世界でのアメリカのイメージを決定づけた。歌詞は大衆(市場)の期待(売れなければいけないということ)に応える使命を負っていたからである。そして、歌詞作者のほとんどが東欧・ロシアのユダヤ系移民二世であったのは注目に値する。そこで今後の研究では、Tin Pan Alley 発の歌詞分析と、急拡大したミュージカル市場との関係を精査する。主だった作詞者に焦点をあてて、これを探ることとする。
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