2019年3月末日に、『ロランの歌』のパリ写本、リヨン写本、ケンブリッジ写本の校訂作業を終了した。とはいえ、当初の予定通り、すべての写本の校訂本を公開するには至っていない。目下、校正作業を進めており、順次、WEB上にPDF書籍として公開する予定である。 こうした遅滞が生じたのは、研究期間の三年目に和歌山大学から名古屋大学に本務校を変更したことにより、予想外の業務が生じたことにも原因があるが、三写本の一つの写本を精査すると、他の二写本を改めて検討するというように作業が循環し、なかなか出口が見つけ出せない状態になったことの影響も大きい。こうした事態は、研究計画立案の時点でも、ある程度の予想されはていたが、想定を上回る困難をもたらした。 とはいえ、それにより、予想以上の成果がもたらされたことも事実である。過去の校訂本に存在する多数の問題点を明らかにすることができたが、それは単なる誤植の指摘にとどまらず、テクストの修正における時代錯誤や、詩句の解釈の誤りなどに及ぶ。また、辞書の記述を書き換えるような、語彙や表現に関する発見も少なくない。ハパックス(他の作品に用例のない語や形態)、従来の辞書に指摘のない古い時代の初出(単語のそのものの場合も、用法の場合もある)、たった一例しか用例が知られていなかった(つまりそれまでハパックスであった)単語の新たな用例の発見などである。こうした発見は、現在、論文としてまとめており、海外の学術専門誌への投稿を予定している。また、一部はすでに国内の研究報告などで発表済みである。 なお、パリ写本、リヨン写本、ケンブリッジ写本の校訂テクストそのものは、前回の研究計画で完成させたオックスフォード本の校訂テクストとともに、データベース化した。そして、写本間の行き来を容易にするソフトウェア、Joyeuseに組み込んで、すでにWEB上に公開している。
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