本計画では、十九世紀フランスで刊行された旅行記を研究対象に、楽しみのための旅行がいかに現代の「観光」に発展していったのかを跡づける試みであった。観光の定義自体、観光文化学の分野では常に議論されている。旅は観光を包括する営みであるが、観光を成り立たせているものは何か。観光とは何かというそもそもの問いに答えるために、イギリスからフランスに導入された「観光」の概念を十九世紀にさかのぼってたどり、文学テキストにあられる言説を分析することは有益であった。 旅は「非日常」、「楽しみ」、「冒険」、「異国に対する憧れ」、「自分探し」、「起源への回帰」を追求する営みとも言われる。旅人がオリジナリティを主張しつつも、紋切り型に落ち着く過程、あるいはそれを回避しようとしながらも、反復を繰り返す旅のありようを本研究で考察し、観光黎明期から現代に至るまで、観光を成り立たせている思想を読み解くことに注力した。 本研究では、各時代の文学的潮流と分かちがたく結びついている作家の感性が旅行記の分野でどのように表象されたかを、作品の精読を通して跡づけた。 私たちが旅をして、訪れた場所の風景に心を打たれるということはよく起きる。旅人が壮大な風景を目にして心の中まで充たされる感情は、観光とは名付けられてはいないものの、その端緒とも言える。その点から観光を見直し、19世紀の旅行ブーム、20世紀の大旅行の大衆化、ステレオタイプの再生産というテーマにも言及した。
|