本年度の目標は、戦後までに構築されるシュルレアリスムの社会思想を明らかにすること、またアンドレ・ブルトンが抱いた倫理的諸問題と宗教性との関係を探ること、できれば他の理想主義的傾向を持ちつつ、既存の文明への反抗を示した作家との比較・対照を行うことであった。そこで本年度は三つの方向から研究を行った。 第一に、戦後におけるブルトンが行った政治活動に着目した。それはギャリー・デーヴィスが主張した「世界合衆国」の設立の支援活動である。この運動に関してブルトンが行った講演の分析により、彼がいかなる理想的社会像を抱いていたのかを示すとともに、また彼の政治思想に影響を与えたのが19世紀の神秘主義思想家であるダルヴェイドルであることを明らかにした。その分析をもとに、この運動に関心を抱いていたジョルジュ・バタイユの考えとの比較・対照を行った(「第二次世界大戦後の一挿話『世界合衆国』--ブルトンとバタイユの場合」、『三田文学』、査読無、95巻、127号、2016年11月、pp.307-311)。 一方、戦後発表されたブルトンの詩論である『上昇記号』の詳細な分析により、戦後のブルトン思想の中核となる倫理的問題が詩的イメージ論や神話といった、あらゆる問題体系に影響を与えていることを示した(「戦後のブルトン思想と「上昇記号」:シュルレアリスムにおける直観的モラル」、『近畿大学教養・外国語教育センター紀要(外国語編)』、査読有、7巻(2)、2016年11月、pp.19-38)。 最後に、前年度報告者はブルトン戦後構築する社会思想に大きな影響を与えた人物がオーギュスト・ヴィアットとロジェ・ピカールであること、またこれらの人物とブルトンを結びつける鍵となったのがピエール・マビーユである可能性を示していた。そこで本年度はマビーユに関する調査を行った。この研究は平成29年度中に成果報告をする予定である。
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