今年度は、昨年度、健康上の理由で中断を余儀なくされていた研究を、中断前に集中的に行っていたモチーフ研究を継続する形で再開した。具体的には、表現主義と1920年代の左傾したアヴァンギャルド(プロレタリア文学運動)における詩人像と政治化した「新しい人間像」がどのように連続しているのか、また両者の間にどのような変化が見られるかを個別の作品分析を通じて考察した。特に、表現主義に特徴的な「声をあげる詩人」や発話のモチーフに注目し、このモチーフがアヴァンギャルドの政治化の過程で変質し、超個人主義的な詩人像から政治的指導者の個人崇拝の表現へと変化してゆく様子を明らかにした。この研究成果の一部は東京外国語大学総合文化研究所の機関誌『総合文化研究』に発表した。 上述の研究を発展させる形で、建国期のDDRの文学における個人崇拝(具体的にはスターリン崇拝)の表現の調査研究を進めた。まずは20年代以降の左派アヴァンギャルドにルーツを持つベッヒャーやブレヒトのような詩人を対象として、彼らの亡命時代と戦後の作品の分析を行った。この研究成果については現在、論文の形にまとめる作業を行っており、来年度以降に発表を予定している。それと同時に、部分的には亡命文学・抵抗文学とのかかわりを持つ1910年代生まれの世代の作家や、1920年代生まれの世代の作家の作品も視野に入れ、多様な文学的・文化的背景を持つ彼らの作品の中で、部分的には20年代以降の左派アヴァンギャルドによって準備された詩的言語を受け継ぎつつ、どの様な個人崇拝の文学的表現が生まれているか、またそれがDDR建国にまつわる反ファシズム神話の成立とどの様にかかわっているかを考察した。この問題については東ドイツ文学研究の文脈で現在も継続して研究を進めており、今後さらにテーマを新しい枠組みの中で深化させたい。
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