研究課題/領域番号 |
26370381
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研究機関 | 静岡大学 |
研究代表者 |
森野 聡子 静岡大学, 情報学部, 教授 (90213040)
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研究期間 (年度) |
2014-04-01 – 2018-03-31
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キーワード | Edward Lhwyd / ケルト人種 / ケルト諸語 / スコットランド併合 |
研究実績の概要 |
平成28年度は、ウェールズ民衆観の基盤にある、ケルト人についての「人種論」に関する言説考察を中心に研究を行った。もともと「ケルト」という概念はヨーロッパの諸言語の分類上、誕生したものであるが、言語としての「ケルト」が本格的に議論されるようになる18世紀当初から、言語と民族(当時の用語でいうと「人種」)は不可分のものとされ、ケルト人=ケルト語を話す人種として言説化された。 本研究は、19世紀末のウェールズにおける民衆観を考察するものであるが、その際、このようなケルト人種をめぐる言説、さらにはインド=ヨーロッパ語族概念の誕生と、そこにおけるケルトの位置づけ、そしてケルト諸語=ケルト諸民族内における差別化といった視点を考察に含めることが不可欠であることが判明したため、28年度については、18世紀における、ケルト諸語と人種論の創始者の一人である、ウェールズ出身の比較言語学者・博物学者Edward Lhwyd (1660-1709) の著作、特に当時の古事研究家との書簡を分析した。分析にあたっては、平成28年8月23日~9月12日の海外出張において、連合王国ウェールズ国立図書館所蔵の手稿・文献を活用した。 Lhwydの業績は、一般には、ケルト諸語の概念を確立したこと、いわゆるP/Qケルト語の分類を導入したこととされるが、研究の結果、18世紀における彼の論説は、言語学よりもむしろ、ケルト諸語地域におけるナショナリズム、民族的アイデンティティ形成に影響を与えたことが判明した。とりわけ、イングランドと併合し、グレート=ブリテン王国の一部となったスコットランドにおいて、アイルランドからの移民国家という従前のアイデンティティとは異なる民族起源説の形成に活用された点が注目される。それは、今後の課題である、ケルト諸語地域間における民族起源の差異化の布石となるものだと考える。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究の目的のうち、19世紀末におけるウェールズ民衆啓蒙運動と「民衆文学」という概念の成立については、ほぼ明らかにすべき論点を達成したと考える。もう一つの目的である、ウェルッシュ・アイデンティティについての人種論的観点からのアプローチについては、28年度に、そのような言説の出発点となる18世紀の状況が俯瞰できたため、今後は、第2の目的に沿って、さらに論考を進める準備ができたと判断する。ただ、当初の目的にかかげていた、オックスフォード・ウェルッシュの言語学者たちによる、民衆語としてのウェールズ語の規範化、オシアン旋風によって盛んになったケルト諸語地域におけるフォークロアの採集のウェールズにおける展開については、まだ手がつけられていない状況であり、引き続き研究課題として計画していきたい。
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今後の研究の推進方策 |
平成29年度は、引き続き、ケルト人種論から見たウェールズ民衆観の形成について考察を進めたい。まず、19世紀の連合王国をめぐる人種論として注目すべきは、テュートン(アングロ=サクソン)人種起源論の台頭である。ブリテン島の住民はゲルマン系かケルト系かという議論が、イングランドの人類学者だけでなく、ケルト諸語地域の知識層も取り込んで展開されていった様子を、当時のさまざまな資料をもとに検証することを、第一の目標とする。さらには、今年度は本研究課題の最終年度に当たるため、全体の総括と、達成できなかった課題の洗い出しを行い、次の研究へと進めたい。
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