研究最終年度の平成29年度は、研究の総括と次の研究課題への橋渡しとして「ブリテン島の先住民」の起源に関する19世紀の言説について、以下の二つの視点から調査した。 1)印欧語族研究におけるブリテン諸島の言語の位置づけ:Edward Lhwyd/Lhuyd に端を発するケルト諸語の比較研究が印欧語族の文献学的研究(Philology)の文脈のなかでどのように位置づけられ、それに伴い、大陸ヨーロッパから移住したとされる「島のケルト」の起源が比較言語学上どのように定位されたのかを考察した。 2)エスノロジーにおけるブリテン諸島の住民についての言説:19世紀に誕生する民族学、人類学において盛んに取り上げられることになる「ケルト人種」の身体的・形態的特徴に関する初期の言説として、John Pinkertonのスコットランド=ゴート/ゲルマン起源論と、それが巻き起こした論争に関して調査した。 以上の結果、興味深いことに、印欧語族研究においては、ケルト語派とゲルマン語派として、同じ印欧祖語から分岐した親族関係にあたるとみなされた一方で、エスノロジーにおいては、ケルト系先住民は、後のイングランド人の祖先となるアングロ=サクソン人を含むゲルマン人とは正反対の形態的特徴をもつ「人種」として定義される傾向が18世紀末以降すでに見られることが確認された。 研究全体の課題であるウェールズ国民の理想像をグウェリンこと民衆に求める思潮は、19世紀末ウェールズのポスト産業社会および啓蒙主義の産物として捉えることができた。一方、非印欧語族、非コーカソイドの石器時代人をケルト以前のブリテン諸島の先住民とする諸言説が歴史学・言語学・人類学の発展とともに19世紀後半に形成されていったことが判明した。非ケルト系先住民をグウェリンのルーツとするOxford Welshの言説の生成の文化的背景については次の課題とする。
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