前年度に引き続きエンリケ・リンの詩の研究を進めると同時に、反詩がその後の1970~80年代にかけての、いわゆる軍事政権からポスト軍政期に至るまでの表現行為全般に大きな影響を与えるきっかけとなったニカノール・パラの視覚詩『アルテファクト』をどう位置付けるかに関しての考察を進めた。 リンは、パラの反詩にまつわる言説そのものの立ち上げに関わり、一貫して反詩を擁護する姿勢を保ちつつも、自らの詩作にあっては反詩流のアイロニーを排したロマン主義的作風を貫くことで、いわば反詩を中心としたチリの現代詩言説全般を側面から補完する役割を果たしていたことが判明した。リンの詩作の中核となるのは1963年刊行の詩集『暗室』であり、表題作をはじめとするその作品にはいわゆるナルシス的な詩的主体による耽美的な自己探求が繰り返されている。またリンがいわゆるパディージャ事件後に革命キューバやピノチェト軍事政権と独自の政治的距離を保ち、1980年代にポンピエルなる偽名を用いて街頭パフォーマンスを行なったことは、ポスト軍政期の若い世代の表現者たちにとって様々な影響を与えていることも判明した。 いっぽうパラの『アルテファクト』は絵葉書というスタイルを採用、自らが創作した短詩形をひとりのイラストレーターに託し、新たに図像という表現を介在させ、伝統的な作者性を解体するとともに、ひとつの表象行為に複数の視点を取り入れることで元のテクストが孕んでいた政治性をいっそう際立たせることに成功していることが明らかになった。またこうした手法は軍政期の前衛美術実験集団CADAなどに関わった詩人ラウル・スリータらに継承されていることも明らかになった。 上記2つの研究成果について、それぞれ東京文学研究会で報告するとともに、所属機関の学術誌に論文としてまとめた。
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