29年度には、前年度の研究を発展させて、ゲーテの気象研究におけるグラフの役割についての考察を深めるとともに、研究全体をふり返って、四年間の考察結果を整理した。 ゲーテが各地の気圧の変動を比較したグラフを作成して「地球仮説」の根拠とした1820年頃には、気象学では等温図や等圧図という別種のダイアグラムも考案された。最初期の等値図は地理的な具体性に乏しく、様式化されたものであるが、それによって、それらが比較グラフと同じく、二次元の座標平面とそこに描かれた線から構成されていることが前景化されている。ただし、比較グラフは抽象的な面と時間的な形象である線からなるのにたいして、等値図の座標平面と等値線は空間的な形象である。しかし、ゲーテ等による初期の比較グラフや等値図の分析では、ダイアグラムを構成する面と線に、それらの本来の属性とは異なる意味が与えられている場合があり、この点で、ゲーテの「地球仮説」はダイアグラムの利用としても「失敗例」であったと言わざるをえない。しかし、1820年頃の気象学におけるダイアグラムの分析は、まさにその構成要素の意味の揺らぎを通して、面や線という図像に固有の意味生成のあり方を浮かび上がらせており、ダイアグラムという表象形式の原理を再考する上で意義があるといえる。 研究期間全体を通じて、1800年前後の気象学では、大気現象を把握するために、一方では観測機器の開発や改良によって、より正確なデータの収集が追求されるとともに、それらの抽象的な数値を具象化する天気記号、グラフ、等値図などの視覚的な表象の形式が模索されていたことが明らかになった。同時に、そのように気象を表象化すること自体が省察の対象となり、またそれらの利用方法が未確立であったように、1830年頃まで気象学は、数学的な抽象性と視覚的な具体性のはざまで揺れ動いていたということが指摘できる。
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