研究実績の概要 |
当初、前次研究までに作成を終えた『アルハンゲリスク福音書』『オストロミール福音書』『ムスチスラフ福音書』『サバの本』カノン部分(Sav2)のパラレル・テクストに、今次作成のVat.Pal.およびSav全体(Sav1, Sav2, Sav3)のパラレル・テクストを加えて5写本のパラレル・テクスト作成を企図したが、これをとりやめ、今次はVat.Pal.とSav1, Sav2, Sav3のパラレル・テクスト作成に留める。その理由として、1) Vat.Pal.テクスト刊本の難読部分に多くの疑問点がある2) これを確認する術がない(ファクシミリ版は存在するが、パリンプセスト故、ほとんど読めず)、よって結局ブルガリア刊本に依拠するほかはない3) 文献学的正確さを期する立場から、Vat.Pal.刊本を暫定的テクストと認めて、これをSav全体とのパラレル・テクスト作成に留めるのが妥当と考える。以上から、最終年度ではVat.Pal.を四福音順に置き換え、Sav全体に対置させてパラレル・テクストを作成した。併せて、既存の上記4本対比テクストとも比較検討を行ない、とりわけロシアのアプラコスとの関連性を重視しつつ課題究明にあたり、報告書を作成して関係する研究者や研究機関に配布し、得られた知見を共有した。すなわち、ルーシにおけるアプラコスの写本制作はブルガリアで先行あるいは併行して行われていた写本制作と密接に関係し、かつブルガリアの単数の写本に遡源するのではなく、複数の写本テクストさらに伝統的に学習されストックされていた語彙・語法群からも意図的に選択されて、ルーシの写本は制作されていた。これらルーシの初期の写本でのテクストは、古代ロシア文語成立に重要な枠組みを与え、かつ体現しつつ展開してゆくこととなったのである。
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